【第21話】乳がん放射線治療体験記!治療の流れや通院の苦労、辛かった副作用について綴ます…

手術/放射線治療

本記事は筆者が実際に乳がんの放射線治療を受けた体験と、一般的な医療情報をもとに執筆しています。症状や治療方針については、必ず主治医や医療スタッフにご相談ください。

「痛くないから大丈夫」と思っていませんか?知っておくべき本当の負担

「放射線治療は痛みがないと聞くから、きっと大丈夫だろう」

もしそう思っているなら、結論から言います。

診察室で医師から乳がんの放射線治療について説明を受ける女性の漫画風イラスト

放射線治療は、説明を聞いた時点ではまだ実感がわきませんでした。

治療の瞬間に痛みはありません。でも、本当に気をつけてほしいのは「毎日の通院」と「蓄積していく副作用」です。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

知らずに始まると、想像以上に心と体が疲弊してしまいます。だからこそ、私のリアルな体験を知って、事前の準備に役立ててください。

私は2013年にトリプルネガティブ乳がんと告知され、術前抗がん剤、手術、放射線治療を経て、経過観察10年後の2024年に完治しました。

私が手術を受けたのは2014年3月12日。

そこから約50日後に、放射線治療がスタートしました。

そもそも、乳がんの放射線治療ってなぜ必要なの?

放射線治療は、高エネルギーのX線を使ってがん細胞を攻撃する治療です。

詳しくはこちら(国立がん研究センター)↓

👉国立がん研究センター がん情報サービス:放射線治療とは

乳がんでは、手術後の再発を防ぐ目的で行われることが多く、「残っているかもしれない小さながん細胞」を照射して、再発リスクを下げる効果が期待されます。

乳がん手術後の再発予防として放射線を当てるイメージ図

放射線治療は、残っているかもしれない小さながん細胞への再発予防として行われました

放射線治療が行われる主なケース
  • 乳房温存手術を受けた場合
  • リンパ節に転移があった場合
  • 病状によっては、全摘後にも照射を行うことがある
乳がん放射線治療で使用するリニアック治療室のイメージ

当時の放射線治療では、リニアックという装置を使って体の外から照射していました。治療そのものは短時間でしたが、最初はとても緊張しました。

私の場合は乳房温存術を受けたため、再発予防として放射線治療を受けました。

「毎日通う」ことの過酷さ。50時間という見えないコスト

放射線治療の通院予定が並ぶカレンダーを見てため息をつく女性の漫画風イラスト

週5回、5週間。カレンダーに並ぶ予定を見るだけで、気持ちが重くなる日もありました。

放射線医師の診察を受け、治療計画を立てたうえで治療が始まります。

スケジュールは次のような流れでした。

  • 月曜〜金曜:週5回通院
  • 土日は休み
  • これを5週間(計25回)継続

照射自体は、ベッドに横になって2〜3分程度。本当に痛みはまったくありません。

しかし、その「たった数分」のために、往復の移動と待合室での時間を合わせれば、1日約2時間。それを25日間、合計50時間もの膨大な時間を病院のために費やす計算になります。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

この50時間という数字は、単なる移動時間ではありません。

毎日「夕食の準備をして、食後にソファでほっと一息つく時間」が、丸ごと消滅するのと同じです。

体力が削られる中で、気づけば洗濯物は数日分溜まり、夕食も適当なもので済ませる日が増えていく。「まともに生活も回せない」という自己嫌悪が、疲労とともに容赦なく積み上がっていきます。

特に雨の日の通院は、本当に過酷でした。抗がん剤のダメージが抜けきらない体に鞭を打ち、駅の階段で息が上がって何度も立ち止まる。「なんで私だけこんな目に」と、足早に過ぎ去る人たちを見ながら涙が出そうになる日もありました。

雨の日に放射線治療へ向かう途中、駅の階段で息が上がり立ち止まる女性の漫画風イラスト

雨の日の通院は、体力だけでなく気持ちまで削られるようでした。

通院・待機・治療・帰宅。この繰り返しがボディブローのように効いてきて、体力よりも「気持ちの疲れ」が限界に達する日が何度もありました。

放射線を正確に当てるためのマーキング

放射線を正確に当てるために、皮膚に目印(マーキング)をつけます。

治療が終わるまで消えないようにお風呂などでも注意が必要ですが、薄くなった場合は病院で書き足してもらえます。

辛かった2つの副作用(いつから、どうなる?)

放射線治療の副作用が少しずつ蓄積していく様子を描いた3分割漫画

副作用は突然ではなく、回数を重ねるごとに少しずつ強くなっていきました。

放射線治療の副作用は、初日からいきなり出るわけではありません。「体に少しずつ蓄積していく」ため、見通しを持っておくことが何よりも大切です。

私の場合、特に辛かった「皮膚の炎症」と「強い倦怠感」がいつ頃から出たのかをお伝えします。

副作用❶ 皮膚の乾燥と炎症(10回目以降から)

治療開始から1週間ほどは何の症状もありませんでしたが、10回目(2週間目の終わり)あたりから照射部位に赤みが出始めました。

さらに20回目以降になると、強い日焼けのようなヒリヒリとした炎症と乾燥が強くなりました。

対策として行ったこと
  • 低刺激の保湿クリームを毎日使用(無香料・アルコールフリー)
  • 肌にやさしいコットン素材の衣類を選ぶ
  • こすらず洗い、熱いお湯は避ける

毎日の保湿を徹底したことで水ぶくれは避けられましたが、赤みと乾燥は治療後もしばらく残りました。

副作用❷ 強い眠気と倦怠感(後半から急激に)

これも治療の後半(3〜4週間目以降)になってからですが、午後になると立っていられないほどの強い眠気とだるさが襲ってきました。

放射線治療の通院後に疲れてソファに座り込む女性と散らかったリビングの漫画風イラスト

帰宅後はベッドに倒れ込み、そのまま2時間ほど動けないこともありました。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「頑張らない」「眠いときは寝る」そう割り切ることで、少しずつ体が回復していきました。体調の波を受け入れることが大切です。

Q&A:放射線治療の「本当のところ」

Q1. 正直、途中でやめたくなったことはありますか?

A. あります。そんな時は「カレンダーに大きくバツ印をつける」ことで乗り切りました。ここでのポイントは、気合や意思に頼らず「見ざるを得ない環境」を作ることです。カレンダーは玄関ドアの内側に貼り、赤ペンは紐でドアノブに結びつけておいてください。帰宅してドアを閉めた瞬間、靴を脱ぐ前に必ず目に入る仕組みにするのです。

さらに、人は単調な作業には3日で慣れてしまいます。5回目、10回目といった節目にはカレンダーに花丸を描き、その日は好きなお菓子を食べるなどの「小さなご褒美」を必ず用意してください。進捗の可視化と報酬のセットが、脳に明日へ向かう力を与えます。必ず終わりが来る治療です。

Q2. 仕事や家事との両立は本当にできるの?

A. 「自分は体力があるから」という油断は禁物です。多くの人が、治療後半になると「午後から急激に電池が切れる」状態に陥ります。完璧にやろうとせず、「休むのも治療の仕事」と割り切って、家族や職場に『後半は動けなくなる』と先に伝えて理解を得ておくことを強くおすすめします。

Q3. 10年前と比べて、今の放射線治療はどう違う?

A. 私が受けた10年前は「25〜30回(5〜6週間)」が標準でした。現在でも28回照射を受ける方は多いですが、医療技術の進歩により、症状に応じて短期照射(15回程度)を選択できるケースや、正常な組織への影響を減らす技術(IMRTなど)が普及し、体への負担は以前より軽減されています。

【さいごに】治療を控えるあなたへ、今日やってほしい「たった一つのこと」

放射線治療の予定と帰宅後の休む時間を手帳に書き込む女性の手元

治療の予定を入れたら、帰宅後に休む時間も一緒に確保しておくことが大切です。

放射線治療は、今では技術的にも進化していますが、疲労の蓄積はどうしても避けられません。

しかし、この治療には「必ずゴール(終わり)がある」という強みがあります。

もしあなたがこれから治療を控えているなら、不安になる前に、今すぐ「たった一つのこと」だけを決めてください。

【 病院で「治療の予約」を入れたその瞬間に、手帳を開き、帰宅後の「休む時間(最低1時間)」もセットで書き込んで完全に埋めてしまう 】

なぜこれが必要なのでしょうか。「あとで時間ができたら休もう」という考えは、今すぐ捨ててください。

分かれ道はここにあります。

先に「休む時間」を確定させておく人は、体力の低下を最小限に抑え、最後まで安定して通院を乗り切ることができます。

一方で、休まずに今まで通りの生活を回そうとする人は、後半で一気に崩れてしまい、通院自体が苦痛に変わってしまいます。

だからこそ、「疲れたら休む」ではなく、「自分を守るための時間を物理的に予約する」ことが必要なのです。意思に頼らず、スケジュールとしてブロックしておけば、いざという時の心と体へのダメージは驚くほど軽くなります。

小さな変化でも我慢せず医師に相談し、自分をいたわる準備をしておくことが、必ずあなたを支えてくれます。

今振り返ると、この経験を通して自分を守る術を学んだからこそ、のちに夫の闘病を支えるときも、少しだけ強くいられたのだと思います。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

どうか頑張りすぎず、自分を最優先にして乗り越えてくださいね。


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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

乳がんが落ち着いたその翌年、今度は夫の闘病が始まりました。

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この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
👉 詳しいプロフィールはこちら

※本記事は、筆者自身の体験と調査をもとにまとめたものです。

医療に関する内容は一般的な情報であり、すべての方に当てはまるとは限りません。

治療方針やお薬の使用については、必ず主治医などの専門医にご相談ください。

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