告知から約10か月、私は抗がん剤治療と副作用に向き合う日々を過ごしてきました。
味覚が変わって食べる楽しみを失い、白血球の数値を気にして生ものを我慢し、外出といえば病院へ向かうことばかり。
この三重旅行は、そんな過酷な日々を乗り越え、当時の体調を見ながら無理のない範囲で出かけた、あくまで私自身の当時の体験の記録です。
告知から10か月。「がんが見えなくなっています」の言葉と母からのプレゼント
約6か月にわたる抗がん剤治療を終えたあと、検査結果を聞いた診察室で、主治医からこう告げられました。

「がんが見えなくなっています」
その言葉を聞いた瞬間、体の力がふっと抜けました。

長い治療のあとに届いた、心がほどけるような言葉。
もちろん、これで治療がすべて終わったわけではありません。
私にはこのあと、乳房温存手術と放射線治療が控えていました。
それでも、画像上ではがんが見えなくなったと聞けたことは、苦しかった治療を乗り越えてきた私にとって、大きな希望でした。
そんな手術前の時期に、母が私に言ってくれたのです。
「手術の前に、気分転換に伊勢神宮へ行こうか?」

母の何気ないひと言が、治療の日々に明るい予定をくれました。
それは、ただの旅行の誘いではありませんでした。
治療ばかりの日々の中に、久しぶりに差し込んだ光のような時間でした。
病気を少し忘れられた、母と娘との三重旅行
行き先は三重県に即決しました。
せっかくなら海が見える宿がいい。
温泉にも入りたい。
美味しい料理も食べたい。
そんな欲張りな希望を詰め込んで、宿泊先は鳥羽にある「The Earth(ジ・アース)」を選びました。
母と娘と私。
たった3人の旅なのに、私は楽しみすぎてパンフレットまで作ってしまいました。

予定を考える時間そのものが、心を少し元気にしてくれました。
病気になってからは、検査や治療のことばかり考えていましたが、旅行の計画を立てている時間だけは、病気から少し離れることができたのです。

「旅行の計画を立てることって、こんなに楽しかったんだ」
治療中は忘れていたそんな気持ちが、少しずつ戻ってきました。
病院へ向かう電車から近鉄特急へ|少しずつほどけていく心
旅行当日。
近鉄特急に乗り込んだ瞬間から、私はワクワクしていました。

この日の電車は、病院ではなく楽しみへ向かう電車でした。
治療中は、病院へ向かう電車に乗ることが多く、外出といえば通院のイメージが強くなっていました。でもこの日は違います。
車内では、母と娘とたくさん話しました。
くだらないことでも笑えて、何気ない会話がとても楽しく感じました。

「こんなに心から笑ったのは、いつぶりだろう」
そう思うほど、久しぶりに心が軽くなっていました。
伊勢神宮で手を合わせて。ここまで来られたことへの感謝
最初の目的地は、伊勢神宮でした。
駅から乗ったタクシーの運転手さんがとても親切な方で、伊勢神宮に祀られている神様のことや、神宮にまつわるお話をたくさん教えてくださいました。
鳥居をくぐる頃には、ただ観光に来たというよりも、「きちんとお参りしよう」という気持ちになっていました。
静かで、厳かで、背筋が自然と伸びるような空間。
私は手を合わせて、心の中でこう伝えました。

「ここまで来られました。ありがとうございました」

願いごとよりも先に、ここまで来られたことへの感謝がこみ上げました。
がんが見つかってからの10か月。
怖かった日も、泣いた日もありました。
それでも私は、ここまで来ることができました。
伊勢神宮で手を合わせた時間は、願いごとをするというより、ただ純粋に感謝を伝える時間だったように思います。
海と温泉に癒される宿「The Earth」
宿泊先の「The Earth」は、鳥羽駅から少し高台にある素敵なお宿でした。
部屋に入ると、目の前には広い海。
その景色を見た瞬間、思わず息をのみました。

目の前に広がる海が、張りつめていた心をゆっくりほどいてくれました。
私たちが泊まった部屋には露天風呂もついていて、母も娘も何度も温泉に入りながら、「気持ちいいね」と笑い合っていました。
治療中は体の調子に合わせて過ごすことが多く、何をするにも少し構えていました。
でも、ただ海を眺め、温泉に入るだけで、張り詰めていた心と体がゆっくりとほどけていくようでした。
10か月ぶりに食べたお刺身|また美味しいと思える日が来た喜び
夕食は、新鮮な海鮮料理のコースでした。
実は私は、抗がん剤治療中、主治医から生ものを控えるように言われていました。
白血球の数値を気にしながら過ごしていたため、大好きなお刺身もずっと我慢していたのです。
だから、10か月ぶりにお刺身を口にした瞬間、胸がいっぱいになりました。

「美味しい……!」
思わず涙が出そうになりました。

久しぶりに味わえた「美味しい」は、忘れられない一口になりました。
それは、ただのお刺身ではありませんでした。
味覚障害で何を食べても美味しく感じにくかった時期。
吐き気で思うように食べられなかった日。
白血球の数値を気にして、生ものを我慢していた日々。
そのひとつひとつを乗り越えて、ようやく口にできた一口でした。
「また美味しく食べられる日が来た」
そう感じられた、特別な味だったのです。
3人で美味しい料理を食べながら、
「頑張ったね」
「ここまで来たね」
そんな言葉を交わしました。
これはあくまで当時の私の体験ですが、体調を見ながら、久しぶりに少しだけワインも楽しみました。
ほろ酔い気分になりながら、

「幸せだなあ」
としみじみ感じました。
広い海を眺めていると、ずっと抱えていた悩みが少しだけ小さく見えました。
この日のことは、一生忘れないと思います。
治療中のあなたへ|小さな楽しみが、心を支える力になる
今、抗がん剤治療の途中にいる方。
これから手術を控えている方。
もしかしたら、今は「旅行に行く」なんて遠い話に感じるかもしれません。
私もそうでした。
治療中は、目の前の1日を過ごすだけで精一杯でした。

大きな予定でなくても、心の片隅に楽しみを置くことはできるのかもしれません。
もちろん、無理に前向きになる必要はありません。
つらい時は、つらいと言っていい。
休みたい時は、休んでいい。
泣きたい日は、泣いていい。
そのうえで、もし心のどこかに小さな楽しみを置けるなら、それは治療中の自分を支えてくれる力になるかもしれません。
私にとって、この三重旅行は間違いなくそういう時間でした。
家族へ|そばにいてくれて、本当にありがとう
旅行は、3度楽しめると感じました。
計画を立てる楽しみ。
旅をしている時間の喜び。
そして、あとから思い出を振り返る楽しさ。

楽しかった旅の思い出が、そばにいてくれた家族への感謝をあらためて教えてくれました。
病気になる前は、当たり前のように思っていたことでした。
でも、治療を経験したあとでは、そのひとつひとつが本当にありがたく感じました。
私にこの旅をプレゼントしてくれた母。
そして、一緒に笑い合ってくれた娘。
そばにいてくれて、本当にありがとう。
旅の余韻と、手術前に残る静かな不安
この旅があったから、私は次の治療へ向かう力をもらえました。
画像上ではがんが見えなくなったと聞いても、治療はまだ終わりではありません。

次に待っていたのは、乳房温存手術でした。
楽しい時間を過ごし、家族と過ごす日常の幸せを強く実感したからこそ、うれしい検査結果や旅の温かい余韻を胸に抱えながらも、心の中には「手術への不安」が静かに現実味を帯びて残っていました。
次回・第19話では、いよいよ乳がんの手術を受けた日のことを書いています。
「温存か全摘か」で悩み抜いた選択についても、お話しします。
第19話はこちらから↓
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