乳がんの治療が終われば、少しずつ元の生活に戻っていける。
私は、どこかでそう信じていました。
抗がん剤、手術、放射線治療。
一つひとつの治療を乗り越えた先には、穏やかな日常が待っていると思っていたのです。
けれど、放射線治療が終わってしばらくすると、咳が続くようになりました。
そこで私が向き合うことになったのが、間質性肺炎でした。
最初に治療を受けたときは、
「この治療が終われば、きっと大丈夫」
と思っていました。
ところが、症状が落ち着いたと思っても、また悪くなる。
入院し、治療を受け、退院する。
少し安心したころに、また再燃する。

安心できたと思ったあとに、また体調が変わる。その繰り返しが続きました。
その繰り返しのなかで、私は少しずつ思うようになりました。

この病気とは、長く付き合っていくことになるのかもしれない
今回は、乳がん治療後に間質性肺炎を発症した私が、再燃への不安と向き合いながら、治療や仕事、日々の暮らしをどのように変えていったのかを書いていきます。
間質性肺炎は「完治が難しい」と言われた
間質性肺炎と診断され、主治医から治療には時間がかかると説明を受けたとき、私は大きな不安に包まれました。
乳がんの治療を終えたばかりだった私にとって、また別の病気と向き合わなければならない現実は、想像していた以上につらいものでした。
「やっとここまで来たのに」
「次は肺の治療なの?」
「普通の生活には、もう戻れないのかな」
そんな思いが、何度も心の中をぐるぐる回っていました。

治療が終わったと思っていた私にとって、その説明は静かに重く響きました。
乳がんの治療中は、「がんを治すために頑張ろう」と思うことができました。
抗がん剤、手術、放射線治療。
一つずつ治療を終えるたびに、少しずつ前へ進んでいるような感覚がありました。
だから、また肺の治療が必要になると聞いたときは、正直、とても不安でした。
乳がんの治療とは違い、間質性肺炎は私にとって先の見えにくい病気でした。
治療をすればすぐに終わるものではなく、体調の波を見ながら、慎重に薬を調整していく必要がありました。
最初の入院治療では、目の前の治療に集中することで、何とか気持ちを保っていたように思います。
それでも、退院して少し落ち着いたと思ったあとに、また再燃する。
「今度こそ大丈夫かもしれない」
そう期待したぶん、悪化したときの落ち込みも大きくなっていきました。
再燃を繰り返すなかで変わっていった気持ち
間質性肺炎の治療でつらかったのは、咳や息苦しさなどの症状だけではありませんでした。
私にとって一番こたえたのは、
「いつまで続くのか分からない」という、終わりの見えない怖さでした。
体調が落ち着いている日でも、心から安心できるわけではありませんでした。
少し咳が出るだけで、
「また悪くなるのではないか」
と考えてしまう。
少し息苦しさを感じるだけで、
「また入院になるのではないか」
と身構えてしまう。
以前なら気にしなかった体の小さな変化まで、怖く感じる日がありました。

体が落ち着いていても、心まで安心できるとは限りませんでした。
普通に暮らしている人への羨ましさと不安
乳がんの治療が終わったら、もう一度、普通の生活に戻りたい。
そう思っていたから、何気なく毎日を過ごしている人を見ると、「いいな」と感じることがありました。
買い物へ行く。
仕事へ行く。
誰かと食事をする。
先の予定を当たり前のように立てる。
以前の私なら何も考えずにしていたことが、少し遠く感じられることもありました。

私も、また普通に過ごせる日が来るのかな
そんな思いが、心の中に浮かぶこともありました。
前向きでいたい気持ちはありました。
治療を受けられていることへの感謝もありました。
それでも、再燃を繰り返す中で、不安になる日があったのも正直な気持ちです。
無理に前向きになろうとするより、
「今日は少し不安なんだな」
「今は、体のことが気になっているんだな」
と自分の気持ちを認めることで、少しだけ心が落ち着くこともありました。

誰かの何気ない一日が、少しまぶしく見えることもありました。
「治すこと」だけを考えるのが苦しくなった
再燃を繰り返すうちに、病気になる前と同じ生活だけを目標にすると、心が苦しくなることに気づきました。
病気をよくすること。
薬を減らすこと。
以前のように働くこと。
前の生活に近づこうとすること。
それだけを追いかけていると、できなくなったことばかりに目が向いてしまいます。
一日を穏やかに過ごせたことより、以前のように動けないことが気になる。
過去の自分を目標にし続けるほど、今の自分を否定しているような気持ちになっていったのです。
以前の生活を取り戻したいという思いは、簡単には手放せませんでした。
それでも、少しずつ、

過去と同じであることだけを目指すのではなく、今の体と相談しながら暮らしていこう。
そう思うようになりました。
治すことを諦めたわけではありません。
治療を続けながら、今日をどう暮らすかも大切にしたいと思うようになったのです。

目標を変えることは、前へ進むことをやめることではありませんでした。
少量のステロイドを続けるという選択
治療を続けるなかで、私はセカンドオピニオンも受けました。
主治医の説明だけでなく、別の先生の意見も聞いたうえで、今後の治療について考えたかったからです。
「ほかに治療方法があるかもしれない」
「薬を続けなくてもよい方法があるかもしれない」
そんな期待も、どこかにあったのだと思います。
けれど、主治医とセカンドオピニオンの先生の意見は同じでした。
私の場合は、少量のステロイドを続けながら、病状を安定させていくことが大切だという考えでした。
最初は、薬を続けることに抵抗がありました。
「いつまで薬を飲まないといけないのだろう」
「ステロイドを続けて大丈夫なのだろうか」
「いつか薬をやめられる日は来るのかな」
薬が必要だと分かっていても、長く続けることへの不安は消えませんでした。
けれど、再燃による入退院を繰り返すことや、体調が大きく崩れることを考えると、安定した日常を守ることも、私にとっては大切な治療の一部でした。
薬をやめることだけが、前に進むことではない。
薬の力を借りながら、安定した日常を守ることも、今の私にとっては大切な選択なのだ。
そう思えるようになるまでにも、時間がかかりました。
今は、薬を続けることを「仕方がないこと」と考えるのではなく、自分の体を守るための方法のひとつとして、少しずつ受け止められるようになりました。

薬を減らすことだけではなく、安定した毎日を守ることも治療の一部でした。
仕事を辞めるという選択に至るまで
治療を続けながら暮らすなかで、私は仕事を退職することも選びました。
体力への不安。
再燃への不安。
感染症への心配。
体調がいつ崩れるか分からないなかで、仕事を続けることへの負担。
いろいろな思いが重なっていました。
薬を続ける選択が、体を支えるためのものだったとすれば、仕事を辞める選択は、今の私の暮らしを守るために必要な決断だったのだと思います。

働きたい思いを抱えたまま、体を守る方法を考え続けました。
働き続けることが難しいと感じた理由
病気になる前と同じように働き続けることは、少しずつ難しくなっていきました。
体調が落ち着いている日もあります。
けれど、咳や息苦しさが気になる日、疲れが抜けにくい日もありました。
予定を立てていても、体調によっては見直さなければならないことがあります。
「今日は大丈夫かな」
「無理をしたあとに、また体調を崩さないかな」
そんなふうに考えることが増えていきました。
感染症への心配もあり、人と接する環境で働き続けることに不安を感じるようにもなりました。
もう少し頑張りたい気持ち。
でも、体を守らなければという気持ち。
どちらも、私の中にありました。
退職は、間質性肺炎の人に共通する正解ではありません。
病状も、仕事内容も、生活環境も、人によって違います。
これは、私の体と生活を考えたうえで選んだ、私の場合の答えでした。

仕事が嫌だったのではなく、働き続けることへの心配が少しずつ増えていきました。
仕事を辞めるまでの迷い
もちろん、仕事を辞めることに迷いがなかったわけではありません。
「もう少し続けられるのではないか」
「辞めてしまっていいのだろうか」
「仕事を辞めたあと、私はどう過ごしていけばいいのだろう」
何度も考えました。
病気になる前の自分と同じように働けないことを、悔しく感じたこともあります。
仕事は、収入を得るためだけの場所ではありませんでした。
人と関わる場所であり、自分の役割を感じられる場所でもありました。
辞めると決めたあとも、すぐに気持ちが軽くなったわけではありません。
ほっとする気持ちと、寂しさ。
安心と、迷い。
いくつもの感情が混ざっていました。
それでも私にとっては、体調と向き合いながら暮らしていくために必要な選択でした。

これまでの暮らしに無理に自分を合わせるのではなく、自分の状態に合う暮らし方を選ぶ。
そう考えることで、少しずつ退職という選択を受け止められるようになりました。

一つの役割を手放したあと、新しい時間の過ごし方を探し始めました。
再燃を経験して変えてきた日々の暮らし
少量のステロイドを続けることになり、仕事も辞めてから、私は日々の暮らしを少しずつ変えていきました。
何もかもを一度に変えたわけではありません。
毎日のなかで、
「今の私にできることは何だろう」
と考えながら、小さな工夫を少しずつ増やしていきました。

一度にすべてを変えるのではなく、続けられることから少しずつ始めました。
人混みや感染への不安から意識するようになったこと
ステロイドを服用している間は、感染症に注意するよう主治医から説明を受けていました。
そのため、外出するときは、できるだけ混雑する時間帯を避けるようになりました。
- 買い物は、比較的空いている時間を選ぶ
- 無理に遠出をしない
- 体調に不安がある日は、予定を見直す
以前の私は、少しくらい無理をしても、予定どおりに動くことを優先していたように思います。
けれど今は、予定を守ることよりも、体調を守ることを大切にするようになりました。
予定を変えることに、最初は少し迷いもありました。
でも今は、それも自分の体を守るために必要な判断なのだと思っています。
外出時には、マスクも欠かさないようにしています。
感染を完全に防げるわけではありません。
それでも、口元を直接触ることを減らしたり、乾燥を防いだりするための習慣になりました。
マスクを着けていることで、

今の自分にできることはしている
と思える安心感もありました。

外出を諦めるのではなく、安心して出かけられる時間を選ぶようになりました。
食事で意識するようになったこと
ステロイドを長く服用するなかで、血圧や血糖値、骨への影響などにも注意が必要だと説明を受けました。
だからといって、厳しい食事制限をしているわけではありません。
私が日々の食事で意識しているのは、次のようなことです。
- 塩分を取りすぎないようにする
- カルシウムやたんぱく質を意識する
- 甘いものを食べすぎないようにする
- 野菜や発酵食品を、できる範囲で取り入れる
病気になると、
「これを食べてはいけない」
「もっと体によいものを食べなければ」
と、食事まで治療の課題のように感じてしまうことがあります。
けれど、毎日の食事で自分を追い詰めてしまったら、続けることはできません。
「今日は体にやさしいものを選べた」
そう思えるくらいが、私には合っていました。
そして、体のことを気にしながらも、おいしく食べること、楽しく食べることも大切にしたいと思うようになりました。
食事は、体を整えるためだけのものではなく、心を少し元気にしてくれる時間でもあります。
完璧を目指しすぎず、できる範囲で整えながら、食べる楽しみも忘れない。
そんな無理のない形が、私には合っているのだと思います。

体を思うことと、食べる喜びのどちらも大切にしています。
運動・睡眠・休息で変えたこと
体調が悪いときは、動くこと自体がつらい日もあります。
でも、まったく動かない日が続くと、体力が落ちてしまうことも不安でした。
そこで私は、無理のない範囲で体を動かすことを意識しました。
たとえば、調子のよい日に短い時間だけ散歩をしたり、家の中で少し体を伸ばしたりするくらいです。
できることは、日によって違います。
昨日できたことが、今日はできない日もあります。
以前なら、「昨日はできたのに」と落ち込んでいたかもしれません。
でも、体調には波があります。
動ける日は少し動く。
休んだ方がよい日は、無理をせず休む。
その日の体の状態に合わせることを大切にするようになりました。
睡眠についても、以前より意識するようになりました。
ステロイドの影響もあり、眠りにくい日があります。
眠れない夜が続くと、体だけでなく、気持ちも不安定になります。
私は眠れないことを我慢しすぎず、主治医に相談しながら、今も睡眠薬を服用しています。
以前は、
「睡眠薬を使い続けてもいいのかな」
と迷う気持ちもありました。
でも、今は、必要なときに医療の力を借りることも、自分を守る方法の一つだと思っています。

動くことも休むことも、その日の体を守るための大切な選択になりました。
不安をひとりで抱え込まないことも大切だった
間質性肺炎と向き合うなかで、気持ちが沈む日もありました。

また悪くなったらどうしよう
「この先、ずっと薬が必要なのかな」
「この体調と、どう付き合っていけばいいのだろう」
そんな思いが、浮かぶこともありました。
最初は、その気持ちを誰かに話すことにも少し迷いがありました。
心配をかけたくない。
何度も同じことを言ってしまうのではないか。
そんなふうに考えて、ひとりで抱えてしまうこともありました。
でも、不安な気持ちは、心の中にしまい込むほど大きくなっていくことがあります。
- 主治医や看護師さんに、不安に感じていることを話す
- 家族に、今の気持ちを聞いてもらう
- 今日できたことを、小さく認める
そうしたことを重ねるうちに、少しずつ気持ちを整えられるようになっていきました。
話したからといって、すべての不安がなくなるわけではありません。
それでも、
「ひとりで抱え込まなくてもいいんだ」
と思えるだけで、少し心が軽くなることがありました。

答えが出なくても、気持ちを言葉にするだけで軽くなることがありました。
調子が悪い日があってもいい。
不安になる日があってもいい。
前向きになれない日があってもいい。
そんな日があるからこそ、少し元気に過ごせた日をうれしく感じられるのだと思います。
暮らしを変えた今、思っていること
私の場合、間質性肺炎は完治が難しく、長く付き合っていく可能性があると説明を受けました。
その言葉を聞いたとき、正直に言うと、とても落ち込みました。
乳がん治療を乗り越えたあとに、また長く付き合う病気がある。
その現実を、すぐに受け入れることはできませんでした。
「どうして私ばかり」
そう思ったこともあります。
けれど、再燃を繰り返すなかで、少しずつ考え方が変わっていきました。
- 必要な薬に助けてもらう
- 無理をせずに休む
- できる範囲で体を動かす
- 不安な気持ちを誰かに話す
そうした小さな選択の積み重ねが、今の私の暮らしをつくっています。
病気と付き合うことは、あきらめることではありませんでした。
自分の体を知り、暮らし方を選び直していくことだったのだと思います。
以前と同じ暮らしに戻ることだけが、私の目標ではなくなりました。
よく眠れた朝。
体調を気にせず食事ができた日。
短い散歩を楽しめた時間。
家族と笑って話せたこと。

穏やかに過ごせた一日が、以前よりも大切に感じられるようになりました。
以前なら当たり前だと思っていたことが、今はとてもありがたく感じられます。
今も、不安がまったくなくなったわけではありません。

それでも私は、自分に合ったペースで、穏やかに暮らしていきたいと思っています。
次回は、治療生活のなかでできた「楽しみ」について
暮らし方を変えてからも、病気のことを考えてしまう日はありました。
体を休めていても、頭の中では治療や再燃のことを考えてしまう。
そんな日々のなかで、韓国ドラマを見る時間は、私にとって小さな逃げ場になりました。
物語の世界に気持ちを向けている間は、病気のことから少しだけ離れることができました。
心を休ませてくれる、大切な時間でした。

物語の世界にいる間だけ、治療への不安から少し離れることができました。
次回は、治療生活のなかで見るようになった韓国ドラマと、私がどのように楽しんでいたのかについて書いていきます。
第26話を読むうえでの補足
Q. この記事の「完治が難しい」は、どのような意味ですか?
A. 私自身が主治医から受けた説明です。間質性肺炎全般について、「完治しない」と断定するものではありません。病状や治療方針は一人ひとり異なるため、個別のことは主治医や医療者に確認してください。
Q. ステロイドを長く続けることに不安はありませんでしたか?
A. 私も、いつまで薬を続けるのだろうと不安でした。けれど私の場合は、病状を安定させるために必要な治療だと説明を受け、セカンドオピニオンも受けたうえで、主治医と相談しながら続けてきました。薬の減量や中止は、自己判断せず主治医へ相談してください。
Q. 紹介している暮らしの工夫や退職という選択は、同じ病気の人にも当てはまりますか?
A. この記事で紹介しているのは、私自身の病状、仕事内容、生活環境に合わせて行ってきたことです。同じ病気でも、状況や必要な対応は人によって異なります。生活上の工夫や仕事については、主治医や医療者、家族などとも相談しながら判断してください。

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