【第26話】間質性肺炎は完治が難しいと言われて|再燃を繰り返した私が選んだ暮らし方

乳がん体験記
※この記事は、私自身の乳がん治療後に起きた間質性肺炎の体験をもとに書いています。
間質性肺炎の原因、治療内容、経過、ステロイドの量や副作用の出方には個人差があります。
この記事は、特定の治療法や生活方法をすすめるものではありません。
気になる症状がある場合や、薬の減量・中止については、必ず主治医や医療者に相談してください。

乳がんの治療が終われば、少しずつ元の生活に戻っていける。

私は、どこかでそう思っていました。

抗がん剤、手術、放射線治療。

ひとつひとつの治療を乗り越えた先には、穏やかな日常が待っているのだと信じていました。

けれど、放射線治療が終わってしばらくしてから、咳が続くようになり、私は思いがけない病気と向き合うことになりました。

それが、間質性肺炎でした。

最初に治療を受けたときは、「この治療が終われば、きっと大丈夫」と思っていました。

でも、症状が落ち着いたと思っても、また悪くなる。

再燃を繰り返すうちに、私は少しずつ思うようになりました。

「この病気とは、長く付き合っていくことになるのかもしれない」

今回は、乳がん治療後に間質性肺炎を発症し、再燃を繰り返した私が、どのように不安と向き合い、暮らし方を変えていったのかを書いていきます。

「次は肺の治療?」乳がん治療後に感じた大きな不安

間質性肺炎と診断され、主治医から「この治療には時間がかかります」と説明を受けたとき、私は大きな不安に包まれました。

乳がんの治療を終えたばかりだった私にとって、また別の病気と向き合わなければならない現実は、想像以上に重いものでした。

「やっとここまで来たのに」
「次は肺の治療なの?」
「普通の生活には、もう戻れないのかな」

そんな思いが、何度も心の中をぐるぐる回りました。

乳がんの治療中は、「がんを治すために頑張ろう」と思うことができました。

けれど、間質性肺炎は、私にとって先の見えにくい病気でした。

治療をすればすぐに終わる、というものではなく、体調の波を見ながら、慎重に薬を調整していく必要がありました。

最初の入院治療のときは、目の前の治療に集中することで何とか気持ちを保っていました。

でも、退院して少し落ち着いたと思ったあとに、また再燃する。

その繰り返しの中で、私の心は少しずつ疲れていきました。

<h2>再燃を繰り返すうちに、「治すこと」だけを考えるのが苦しくなった</h2>

間質性肺炎の治療でつらかったのは、症状そのものだけではありません。

私にとって一番こたえたのは、「いつまで続くのか分からない」という不安でした。

体調が落ち着いている日でも、心のどこかではいつも不安がありました。

少し咳が出るだけで、

「また悪くなるのではないか」

少し息苦しさを感じるだけで、

「また入院になるのではないか」

そんなふうに考えてしまうことがありました。

乳がん治療のあと、私は「もう一度、普通の生活に戻りたい」と思っていました。

けれど、間質性肺炎の再燃を繰り返すうちに、以前とまったく同じ生活に戻ることばかりを目標にすると、心が苦しくなることに気づきました。

元通りになることだけを追いかけるのではなく、今の体と相談しながら暮らしていく。

その考え方に変わるまでには、時間がかかりました。

再燃を繰り返すうちに、「治すこと」だけを考えるのが苦しくなった

間質性肺炎の治療でつらかったのは、症状そのものだけではありません。

私にとって一番こたえたのは、「いつまで続くのか分からない」という不安でした。

体調が落ち着いている日でも、心のどこかではいつも不安がありました。

少し咳が出るだけで、

「また悪くなるのではないか」

少し息苦しさを感じるだけで、

「また入院になるのではないか」

そんなふうに考えてしまうことがありました。

乳がん治療のあと、私は「もう一度、普通の生活に戻りたい」と思っていました。

けれど、間質性肺炎の再燃を繰り返すうちに、以前とまったく同じ生活に戻ることばかりを目標にすると、心が苦しくなることに気づきました。

元通りになることだけを追いかけるのではなく、今の体と相談しながら暮らしていく。

その考え方に変わるまでには、時間がかかりました。

少量のステロイドを続けるという選択

治療を続ける中で、私はセカンドオピニオンも受けました。

主治医の説明だけでなく、別の先生の意見も聞いたうえで、今後の治療について考えたかったからです。

その結果、主治医とセカンドオピニオンの先生の意見は同じでした。

私の場合は、少量のステロイドを続けながら、病状を安定させることが大切だという考えでした。

最初は、薬を続けることに抵抗がありました。

「いつまで薬を飲まないといけないのだろう」
「ステロイドを続けて大丈夫なのだろう」
「いつか薬をやめられる日は来るのかな」

そんな不安もありました。

でも、再燃による入退院を繰り返すことや、体調が大きく崩れることを考えると、私にとっては、安定した日常を守ることも大切な治療の一部なのだと思うようになりました。

薬を続けることは、負けることではない。

体を守るための選択なのだと、少しずつ受け止められるようになっていきました。

病気と付き合うために、暮らし方を少しずつ変えていった

少量のステロイドを続けることになってから、私は暮らし方も少しずつ見直すようになりました。

大きく何かを変えたというより、毎日の中で「自分の体を守るためにできること」を増やしていった感じです。

マスクは、体と心を守るものになった

外出時のマスクも、私にとっては大切な習慣になりました。

感染を完全に防げるわけではありません。

でも、マスクをしていることで、口元を直接触ることが減ったり、乾燥を防げたり、「自分を守れている」という安心感にもつながりました。

乳がん治療中もそうでしたが、病気と向き合うときには、体だけでなく心の安心も大切だと感じます。

マスクは、私にとって体と心の小さなバリアのような存在でした。

食事は「制限」ではなく、体を労わるために整えた

ステロイドを長く服用していると、血圧や血糖値、骨への影響などにも注意が必要だと説明を受けました。

だからといって、私は厳しい食事制限をしているわけではありません。

塩分をとりすぎないようにする。

カルシウムやたんぱく質を意識する。

甘いものを食べすぎないようにする。

野菜や発酵食品を、できる範囲で取り入れる。

そんな小さなことを、毎日の食事の中で意識するようになりました。

「これを食べたらダメ」と自分を追い詰めるのではなく、「今日は体にやさしいものを選べた」と思えるくらいが、私には合っていました。

軽い運動で、体力を落としすぎないようにした

体調が悪いときは、動くこと自体がつらい日もあります。

でも、まったく動かない日が続くと、体力が落ちてしまうことも不安でした。

そこで私は、無理のない範囲で体を動かすことを意識しました。

散歩をする。

家の中で少し体を伸ばす。

調子のいい日に、短い時間だけ歩いてみる。

できることは日によって違います。

昨日できたことが、今日できない日もあります。

でも、それでいいと思うようになりました。

大切なのは、無理をして頑張ることではなく、今の自分の体に合わせること。

休むことも、動くことと同じくらい大切だと感じています。

睡眠を整えることも、治療の一部だと思うようになった

ステロイドの影響もあり、眠りにくい日がありました。

眠れない夜が続くと、体だけでなく心も不安定になります。

私は、眠れないことを我慢しすぎず、病院で相談して睡眠薬を処方してもらったこともあります。

「薬に頼ってはいけない」と思い込んでいた時期もありました。

でも今は、必要なときに医療の力を借りることも、自分を守る方法のひとつだと思っています。

よく眠れた日は、気持ちも少し落ち着きます。

体を休ませることは、心を支えることにもつながっていました。

仕事を辞めるという選択も、私には必要だった

間質性肺炎と長く付き合う中で、私は仕事を退職することも選びました。

体力への不安。

再燃への不安。

感染症への心配。

そして、体調がいつ崩れるか分からない中で、仕事を続けることへの負担。

いろいろな思いがありました。

もちろん、仕事を辞めることに迷いがなかったわけではありません。

「もう少し頑張れるのではないか」
「辞めてしまっていいのだろうか」

そう思ったこともあります。

でも、私にとっては、体を守りながら暮らしていくために必要な選択でした。

病気になる前の自分と同じように働けないことを、最初は悔しく感じました。

けれど、今の自分に合った暮らし方を選ぶことは、あきらめではなく、自分を大切にすることなのだと思うようになりました。

不安をひとりで抱え込まないことも大切だった

間質性肺炎と向き合う中で、私は何度も気持ちが沈みました。

前向きに過ごそうと思っても、うまくいかない日もありました。

「また悪くなったらどうしよう」
「この先、ずっと薬が必要なのかな」
「普通に暮らしている人がうらやましい」

そんなふうに思う日もありました。

でも、その気持ちをひとりで抱え込むほど、苦しくなっていきました。

主治医や看護師さんに不安を話す。

家族に今の気持ちを聞いてもらう。

できたことを小さく認める。

そんなことを少しずつ重ねるうちに、私は「頑張り続けなくてもいい」と思えるようになっていきました。

調子が悪い日があってもいい。

不安になる日があってもいい。

そんな日があるからこそ、少し元気に過ごせた日がうれしく感じられるのだと思います。

関連記事:長期入院や治療生活の備えについて

間質性肺炎の治療では、入院が長くなることもありました。

私自身、入退院を経験する中で、持ち物やキャリーケースの選び方、病室での過ごし方についても、たくさん工夫してきました。

長期入院の準備や、病室で少しでも過ごしやすくする工夫については、別の記事にまとめています。

必要な方は、こちらも参考にしてみてください。

第23話:長期入院の準備とキャリーケースの選び方

第24話:間質性肺炎で長期入院したときの生活の工夫

間質性肺炎との暮らしについて、よくある質問

Q.間質性肺炎は完治しないのでしょうか?

A.私の場合は、主治医から「完治は難しく、長く付き合っていく可能性がある」と説明を受けました。現在は、主治医と相談しながら病状を安定させることを大切にしています。


Q.ステロイドを長く続けることに不安はありませんでしたか?

A.私も、いつまで薬を続けるのだろうと不安でした。けれど私の場合は、病状を安定させるために必要な治療だと説明を受け、主治医と相談しながら続けてきました。


Q.咳や息苦しさを感じたときは、どうしていましたか?

A.私は、症状が始まった時期や変化をメモし、主治医に伝えるようにしていました。いつもと違う症状や気になる変化がある場合は、自己判断せず医療機関へ相談することが大切です。


Q.生活の中で気をつけていることはありますか?

A.私は、人混みを避けたり、食事や睡眠を整えたりしながら、無理のない範囲で体を動かしています。その日の体調に合わせて、休むことも大切にしてきました。

さいごに:病気と付き合うことは、あきらめることではなかった

間質性肺炎は、私の場合、完治が難しいと説明を受けました。

その言葉を聞いたとき、正直に言うと、とても落ち込みました。

乳がん治療を乗り越えたあとに、また長く付き合う病気がある。

その現実をすぐに受け入れることはできませんでした。

でも、再燃を繰り返しながら、少しずつ考え方が変わっていきました。

病気を完全になくすことだけを目標にすると、心が苦しくなる。

それよりも、今の体と相談しながら、安定した日常を守っていくこと。

薬に助けてもらうこと。

体調に合わせて休むこと。

できる範囲で楽しみを持つこと。

それも、私にとっては大切な治療の一部でした。

病気と付き合うことは、あきらめることではありませんでした。

自分の体を知り、自分の暮らし方を選び直していくことだったのだと思います。

今も不安がまったくなくなったわけではありません。

それでも私は、完璧に元通りになることを目指すのではなく、今の自分に合ったペースで、穏やかに暮らしていきたいと思っています。

次回は、そんな治療生活の中で、私の心を支えてくれた「楽しみ」について書いていきます。

病気のことばかり考えてしまう日々の中で、韓国ドラマを見る時間は、私にとって小さな逃げ場であり、心を休ませてくれる大切な時間でした。

第27話はこちらから↓


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乳がんの経験や、夫の闘病を支えながら感じた日々の想いを発信しています。

👉 @cansan_bar2

この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し、経過観察を経てひとつの区切りを迎えました。
妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
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※本記事は、筆者自身の体験と調査をもとにまとめたものです。

医療に関する内容は一般的な情報であり、すべての方に当てはまるとは限りません。

治療方針やお薬の使用については、必ず主治医などの専門医にご相談ください。

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