【妹の病気:第4話】余命1〜3か月と告げられた妹|「もっと関わればよかった」と今も残る後悔

妹の膵臓がん
※この記事は、妹が膵がんステージ4と診断され、余命について説明を受けた時期の家族の経験をもとに書いています。
※治療内容や経過、余命の受け止め方は人によって異なります。
※治療や療養については、必ず主治医や医療機関にご相談ください。

10月末。

妹は再び体調を崩し、入院することになりました。

そして、これまで続けてきた抗がん剤治療は、もう続けることができないと説明されました。

妹本人にも、

「余命は1〜3か月」

と伝えられました。

今回は、その時期の妹のことと、今も私の中に残っている後悔について書きます。

抗がん剤治療が終わり、余命1〜3か月と告げられた

10月末、妹は再び体調を崩して入院しました。

そして主治医から、

「抗がん剤治療はもうできません」

と説明を受けたそうです。

さらに、妹本人にも「余命は1〜3か月」と伝えられました。

私はその説明の場にはいませんでした。

これまで治療を続けてきた妹に、残された時間が具体的な数字で伝えられた。

そのことを知ったとき、私は何とも言えない気持ちになりました。

この時期、私は妹に会えませんでした

ちょうどこの頃、私は足を大けがしていました。

思うように動くことができず、妹に会いに行くこともできませんでした。

そして、もう一つ。

弟から、治療についてはあまり口を出さず、見守ってほしいというようなことを言われました。

私はその言葉を受けて、少し距離を置くようになりました。

義理の妹だからこそ、どこまで関わっていいのか迷った

妹は義理の妹でした。

長く親しくしていて、私にとっては本当の妹のような存在でした。

それでも、

「どこまで関わっていいのだろう」

「私が出過ぎたらいけないのではないか」

そんな迷いがありました。

弟に言われたこともあって、私は治療のことだけでなく、妹との関わりそのものまで少し控えるようになってしまいました。

治療のことは別にして、もっと関わればよかった

今になって思います。

治療のことに口を出さなくても、妹と話すことはできました。

ただ話を聞くこともできた。

いつものように、何気ないLINEを送ることもできた。

弟から治療については見守ってほしいと言われたからといって、妹との関わりまで控える必要はなかったのではないか。

そのことは、今も後悔として残っています。

あの頃の私は、

「義理の妹だから」

「家族の考えを尊重しなければ」

と考えすぎていたのかもしれません。

けれど、今振り返ると、妹が必要としていたのは、治療について意見を言う人ではなく、ただ味方でいてくれる人だったのかもしれません。

「妹は本当に余命を知りたかったのだろうか」

妹本人にも、余命1〜3か月という説明がされました。

余命を知ることで、残された時間について考えられる人もいると思います。

一方で、その数字を知ることが大きな苦しみになることもあるのではないか。

私は今でも考えます。

妹は、本当に余命を知りたかったのだろうか。

その答えを、私は知ることができません。

この時期、私は妹と十分に話すことができなかったからです。

もっと話しておけばよかった。

何を思っているのか、もっと聞けばよかった。

その思いは、今も残っています。

家族として今思うこと

病気になった本人に、どこまで関わるのか。

家族として意見を伝えるのか。

それとも、少し距離を置くのか。

正解は一つではないと思います。

私自身も、そのときは何が正しいのか分かりませんでした。

ただ今なら、

治療のことに踏み込まなくても、

「話を聞くよ」

「私は味方だよ」

と伝えることはできたのだと思います。

もし同じように、家族との距離に迷っている方がいたら、治療について何かを決めることだけが「支えること」ではないと、私は妹の経験から感じています。

よくある質問(Q&A)

Q1. 余命を本人に伝えるかどうかは、どのように決まるのでしょうか?

余命や病状について、どこまで本人に伝えるかは、医療機関や本人の希望、家族との話し合いなどによって異なります。

「どこまで知りたいか」という本人の希望を事前に確認できる場合もあります。

気になる場合は、主治医や医療スタッフに相談してください。


Q2. 家族は治療について、どこまで意見を言えばいいのでしょうか?

私自身、妹の治療について意見を伝えたことで、家族との距離に悩むようになりました。

治療を受けるのは本人です。

家族として気持ちを伝えることはあっても、本人がどうしたいのかを聞きながら、医師と一緒に考えることが大切なのだと思います。


Q3. 治療のことに関われなくても、家族にできることはありますか?

あると思います。

治療について意見を言わなくても、話を聞くこと、連絡をすること、ただそばにいることも支えになります。

私は後になって、治療のことと妹との関わりを分けて考えればよかったと感じました。

次のお話

余命を告げられたあと、妹の痛みは次第に強くなっていきました。

そして、お正月。

痛みに耐えきれなくなった妹は、緩和ケアの病院へ入院します。

そこで私は、亡くなる前の妹と、もう一度ゆっくり話す時間を持つことになりました。

次回は、

緩和ケアへの入院、最後のおねだり、いちごのアイス、そして初孫を抱くことができた最期の日々

について書きます。

【妹の病気:第5話】はこちら↓

 


関連リンク

第3話では、妹が「少しでもいいから家に帰りたい」と願い、抗がん剤治療を続けながら自宅で過ごした日々を書いています。

この記事を書いた人 きゃんばぁば|がん その先へ
自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。
義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。
このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。
その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。
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