【妹の病気:第6話・最終話】孫ちゃんを抱いた妹|今も家に並んでいる手作りの作品

妹の膵臓がん

※この記事は、膵がんステージ4と診断された妹を、家族として見守った経験をもとに書いています。

※病気の経過や、最期の過ごし方は人によって異なります。

妹は、私にとっては義理の妹にあたります。

長く親しくしていて、私にとっては妹のような人でした。

この記事で、妹の膵がんのお話はおしまいになります。

「また、連絡しますね」と届いた返信

最後に病院へお見舞いに行ったあと、私は妹にLINEを送りました。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「長い間ごめんね。疲れてない?」

妹からは、疲れていないこと、私と娘がお見舞いに行ったことを喜んでくれたこと、そして、

「また、連絡しますね」

という返信がありました。

私は、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「待ってるね」

と返しました。

自宅でスマホを見る女性と、LINEのやりとりを描いた2コマイラスト

何気ない言葉のやりとりが、あとになって大切な記憶になりました。

これが、妹から届いた最後の返信になりました。

翌日、妹は自宅へ戻りました。

お家に戻れてよかったね。大好きな場所だもんね。

返事のないまま知った、孫ちゃんのこと

生まれたばかりの孫ちゃんに会う予定だと聞いていました。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「孫ちゃんに会えた?」

そう送りました。

返事は、ありませんでした。

体調が悪いんだろうな。

弟から電話がかかってこないことを願いながら、妹とのLINEを読み返していました。

「孫ちゃんに会えた?」というLINEが、私から妹へ送った最後のLINEになりました。

そのあと、妹が孫ちゃんに会えたことを、写真で知りました。

病院で、ガラス越しに孫ちゃんと会っている写真。

車椅子からガラス越しに新生児室の赤ちゃんを見つめる妹のイラスト

会えた時間が、写真の中に残っていました。

自宅へ戻ってから、ベッドの上で孫ちゃんを抱いている写真。

その写真は、お通夜の会場で見ました。

細くなった妹の腕の中にいる孫ちゃん。

孫ちゃんに会えて、本当によかったね。

大きくなった孫ちゃんと、もし話せる機会があったなら、妹の話をしてあげたい。

ばぁばが、どんな人だったのか。

いつか伝えられたらと思っています。

1月の終わり、弟からの電話

1月の終わりに、弟から電話がありました。

妹が亡くなったと聞きました。

別れが近いことは、覚悟していたつもりでした。

電話があったのは朝8時ごろ。ちょうど朝食をとっているときでした。

朝食中の電話で涙を流す女性のイラスト

電話の向こうから届いた知らせを、すぐには受け止めきれませんでした。

本当に、もう会えないんだ。

妹の家に行くと、いつもお茶とお菓子が待っていた

妹の家に遊びに行くと、お茶とお菓子が用意されていました。

五色豆とおかき、緑茶を前に、奥のテーブルに座って話をしました。

お互いにワンちゃんを飼っていたので、ワンちゃんの健康の話もよくしていました。

妹の家でお茶を飲みながら話す二人の女性のイラスト

何気ないお茶の時間が、今では大切な思い出です。

玄関先には可愛い庭があり、季節ごとに色鮮やかな花が咲いていました。

手先がとても器用な人で、トールペイントを長く続けていました。

プレゼントには、心を込めて作ったものを贈ってくれました。

小さな植木鉢に、可愛い花を描いたトールペイントの作品をもらったことがあります。

たくさんの人に見送られた妹

自宅で療養していた頃には、遠方からお見舞いに来てくださった方もいたと聞いています。

通夜にも葬儀にも、たくさんの友人が来てくださいました。

なかでも、弟の転勤で九州に長く住んでいた頃のお友達が来てくださったことが、印象に残っています。

冬のやわらかな光が差し込む玄関先の花壇と植木鉢

妹が大切にしていた日々の景色が、今も心に残っています。

これからだったのに

子育てもひと段落して、これからは自分の時間を楽しめる頃でした。

今も妹の家には、作品がいくつも並んでいます。

妹から届いた最後の返信に、私は「待ってるね」と返しました。

そのあと私が送った「孫ちゃんに会えた?」には、返事がありません。


前のお話はこちらから↓


このときは、まさか翌年、夫が食道がんになり、夫との別れまで経験することになるとは思ってもいませんでした。

夫の食道がんについて書いた記事はこちら↓


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この記事を書いた人 きゃんばぁば|がん その先へ

自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。

義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。

このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。

その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。

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