【夫の病気編:第39話】緩和ケア病棟、扉の向こうは「家」でした。 〜余命宣告と愛の葛藤の中で決めたこと〜

夫の病気

突然の入院。愛しているからこそ突きつけられた「二つの願い」

在宅医療から、急転直下の入院。 病院で私たちを待っていたのは、想像以上に厳しい現実でした。

「もっと一緒にいたい」という切実な願いと「これ以上苦しませたくない」という思い。

愛しているからこそ、どちらの願いも本当で、どちらも残酷でした。

答えの出ない葛藤を抱えたまま、私たちは緩和ケア病棟という、新しい場所での日々を歩み始めました。

そこは、これまでの「病院」のイメージを覆す、不思議と温かな空間でした。

厳しい宣告を受けたあの日、私が病室の扉の向こうで見た景色と、そのとき私が心に決めた覚悟を、ここに綴ります。

厳しい宣告と、消えない葛藤

翌朝、検査のあと、告げられたのは「誤嚥性肺炎」という診断。

そして、がんはすでに身体中に広がっているという現実でした。

そのお話は、病室ではなく、家族だけが呼ばれた会議室で告げられました。

静まり返ったその空間には、どこか現実から切り離されたような、重い空気が漂っていました。

先生は、私の目から一度も視線を逸らすことなく、その人の命の重みをのせるように、静かに語りかけました。

「医学的には、できることは限られています。現状は、非常に厳しいと言わざるを得ません」

その言葉が耳に届いた瞬間、世界から音が消え、目の前が白い霧に包まれたように感じました。

「厳しい」という、たった三文字の言葉が、鋭い刃のように、私の胸を深く抉りました。

病院の廊下で祈る妻

「これ以上辛い思いをさせないで」そう祈りました。

もっと一緒にいたい。

でも、これ以上苦しませたくない。

愛しているからこそ、どちらの願いも残酷でした。

答えの出ない葛藤を抱えたまま、私たちは緩和ケア病棟での新しい日々を歩み始めました。

扉を開けて驚いた、新しい「家」

案内された個室の扉を開けた瞬間、私は思わず立ち止まりました。

個室病棟の部屋を亜へて驚いた妻のイラスト

二つの部屋を一つにしたような広さ。

夫のベッドの傍らには3.5畳ほどの畳スペース。

長いソファにテーブル、クローゼットまで揃っていました。

それは、「病院」というより、まるで「家」のような場所でした。

「ここなら、夫も自分の家にいるように感じてくれるかもしれない」

厳しい宣告を受けた直後だったからこそ、その空間に、ほんの少しだけ救われる思いがしたのです。

守りたい尊厳と、会わせてあげたい願い

その穏やかな部屋で過ごし始めてから、私はあることで悩み始めました。

病棟のソファでスマホを見ている妻

「でも、会わせていいのかな」

「夫が会いたいと言っていた人に、会わせてあげたい」。

意識が戻ったら聞いてみよう。そう思っていました。

けれど同時に、こんな思いもよぎっていました。

今の夫の姿を、人に見せてもいいのだろうか…。

夫の尊厳を守りたい気持ちと、最期の時間を分かち合いたい気持ち。

どちらも大切で、どちらも間違っていないからこそ、答えを出すことができませんでした。

しばらくのあいだ、私はひとりで、その葛藤を抱え続けていました。

背中を押してくれた「ありがとう」

夫が会いたいと口にしていたのは、かつての職場の同僚のお二人でした。

実は私自身も、夫と結婚するまでは同じ職場で働いており、お二人とは時間を共にした仲間でもあります。

夫とは年齢も近く、若い頃からよく飲みに行ったり、旅行に出かけたりと、公私ともに深い付き合いが続いていました。

昨年2月の同窓会で久しぶりに再会した際も「これからは毎年集まろう」と、笑顔で約束を交わしたばかりだったのです。

迷いながらも、私は思い切ってお二人に連絡をしました。

すると、すごく驚きながらも、翌日にはすぐに病棟へ駆けつけてくれました。

お見舞いに駆けつけてくれた友人二人と娘。病棟で。

その時、私は不在だったのですが、娘が対応してくれました。

あとで娘から聞いた話では、意識の戻らない夫のそばで、楽しそうに昔話を語りかけてくれていたそうです。

そして帰り際「知らせてくれてありがとう」という言葉を娘に残して帰られました。

その温かさに触れたとき、知らせるべきかと迷っていた私の気持ちはすっと決まりました。

夫の意識が戻ったら、連絡を取ってほしいと言っていた人たちに、全員会いに来てもらおう。

そう心に決めた、そのとき夫の意識が戻りました。

【さいごに】姿が変わっても、変わらない絆

大切な人の姿が変わっていくとき、それを「見せたくない」と思うのは、その人の尊厳を守りたいという深い愛があるからこそだと思いました。

けれど、娘や友人たちが教えてくれたのは「姿が変わっても」積み重ねてきた絆は変わらない」ということでした。

誰かを遠ざけて守る尊厳もあれば、人との繋がりのなかで保たれる尊厳もある。

「今の姿を見せてもいいのだろうか」そう悩んでいた私の気持ちは、「最期まで、この人らしく愛される時間を守ろう」という覚悟へと変わりました。

愛しているからこそ、抱え込まないこと。

周りの愛を信じて、頼ってみること。

それもまた、見送る側に必要な勇気なのだと、私はこのとき、知りました。

本記事は、夫の治療経過の中で「一患者家族として感じた体験」をもとに記しています。症状や対処法、治療の選択については必ず主治医や担当医療スタッフへご相談ください。特定の治療を勧める意図はありません。患者さんごとに状況は異なります。

同じ後悔をしないために。私たちの8ヶ月の全記録を公開しています

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

愛しているからこそ「今の姿を見せたくない」と悩む気持ち。それは、ご家族を大切に想うからこそ必ずぶつかる壁です。

私たちも、本当にたくさん悩み、迷いながらその時々の決断を下してきました。

私たちが迷いながら歩んだ8ヶ月の葛藤と具体的な実践の全記録を、一つの集大成としてnoteにまとめました。

今まさに不安の中にいるご家族が、私たちと同じ後悔をしないための道しるべとして読んでいただければ嬉しいです。

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この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
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