がんセンターへ転院した妹は、詳しく調べてもらいながら、手術の日を待っていました。
このとき私が思っていたのは、手術が終われば、その先の治療に進めるかもしれない、ということでした。
けれど、手術で分かったのは、考えてもいなかったことでした。
今回は、手術で腹膜播種が見つかるまでのこと。
そして、抗がん剤治療をどうするか迷う妹に、私が何を伝えたのかを書きます。
「食べられないのがつらい」——がんセンターで手術を待っていた妹
2月の初め、妹はがんセンターへ転院しました。
手術までの間、妹は鼻から管が入り、絶食が続いていました。
「鼻から管が入っているのがつらい」
「食べられないのがつらい」
妹からは、LINEでそう届いていました。
手術が終われば、また自分の口からご飯が食べられる。
妹からは、そういう内容のLINEも届いていました。

手術を待つ妹とのLINEをもとにした場面です。
私は、早く手術が終わって、また食べられるようになったらいいな、と思っていました。
手術をして、そこから先の治療へ進む。
そのくらいのことは、まだ考えられていたのです。
手術の日、弟からかかってきた電話
2月20日ごろ、妹は手術を受けました。
私は病院へは行かず、自宅にいました。
そのとき何をしていたのかは、はっきり覚えていません。妹の病気について調べていたと思います。
手術が終わるのを待ちながら、胸がドキドキしていました。
やがて、弟から電話がかかってきました。
電話に出たとき、私は「何かあった」と感じました。嫌な予感がしました。
弟は、淡々と話していたように感じました。
弟からは、お腹を開けたところ腹膜播種が見つかり、がんを取り切るための手術はできず、バイパス手術になったと聞いたように記憶しています。
私が何と答えたのかは、覚えていません。
「腹膜播種」という言葉は知っていました。
私自身が乳がんの治療を受けていたので、耳にしたことがあったのです。
それでも私は、もう一度「腹膜播種」について調べ直しました。
今の医学なら、何かできることがあるのではないか。
すでに知っているはずのことを、私はまた最初から読み直していました。

あの日の電話のことは、今も心に残っています。
「ご飯が食べれるのがうれしくて涙が出ました」
手術のあと、妹からLINEが届きました。
「胃のバイパス手術になりました」
そのあと、もう一通、届きました。
「手術、無事終わりました。今日の昼からご飯が食べれるのがうれしくて涙が出ました」

やっと口から食べられるようになったことに、妹の気持ちがにじんでいました。
複雑な気持ちでした。
がんを取るための手術ではなく、食べられるようにするための手術だった。
私はそう思いながら、妹の「うれしい」を読んでいたのです。
それでも、口から食べられたことは良かったと思いました。
少しでも食べて、体力をつけて、できるだけいい時間を過ごせたら。
そのときの私が願っていたのは、そういうことでした。
その後、実際に食べると気分が悪くなる、というLINEも妹から届きました。
「お姉ちゃん、私、何か悪いことした?」
手術のあと、妹のお見舞いに行きました。
妹と一緒に病棟の中を歩き、落ち着いて話せる場所へ向かいました。
妹はお腹を押さえながら、つらそうにゆっくり歩いていました。
そして、泣きそうな顔で私に言いました。
「お姉ちゃん、私、何か悪いことした? なんで私が…?」

手術のあと、妹のつらさをそばで見ながら、一緒にゆっくり歩いた時間を思い出します。
「何も悪いことなんてしてないよ。私たちみんな感謝しているよ」
そう答えるのが精一杯でした。
心の中では、どうして妹が、何かできることはないのか、そんなことばかり考えていました。
帰り道、涙が止まりませんでした。
「諦めたらあかんのかな」抗がん剤を前に迷う妹
しばらくして、妹は抗がん剤治療について説明を受けました。
私はその場にいませんでしたので、ここから先は妹から聞いた話です。
内科の先生からは、この抗がん剤でがんが消えることはない、と言われたそうです。
がんの進行を抑えることを目的とした治療だ、という説明だったと聞きました。
その説明を受けたあと、妹からLINEが届きました。
「それでもやっぱり抗がん剤治療した方がいいのかな。諦めたらあかんのかな」

治療を前にした妹の迷いが、こちらにも伝わってきました。
私が妹に伝えた言葉
妹からのLINEを読んで、私はそのままLINEで返信しました。
正直に書くと、その頃の私は、膵がんという病気のつらさを、まだ十分には分かっていませんでした。
私自身、乳がんで抗がん剤治療を受けた経験があります。
抗がん剤が体に入ったとき、私は「今、がんと闘っている」と感じました。
それが、少し前を向くことにもつながっていました。
だから妹にも、治療をすることで、同じように思ってもらえるのではないか。
そう考えて、私は抗がん剤治療を受けることを勧めました。

「家族としては、長くそばにいてほしいと思ってる」
そう伝えました。
それから、こうも書きました。
「頑張れとは言えないけれど、つらくなく、しんどくなく、できるだけ普通の生活を送ってほしい」

何を言えばいいのか迷いながら、それでも自分の気持ちを伝えました。
そのあと妹から、LINEでこう返ってきました。
「抗がん剤治療も、やってみないとわからないですもんね」
少し前向きになったように感じました。
あのとき私が妹に伝えたのは、「長くそばにいてほしい」という、私自身の願いでした。
その言葉について、私はその後も何度も考えることになります。
よくある質問(Q&A)
Q1. 腹膜播種とは何ですか?
腹膜播種とは、がん細胞がお腹の中に広がり、腹膜にがんができている状態を指します。
妹の場合は、手術でお腹を開けたことで腹膜播種が分かりました。
妹の膵がんは、ステージ4でした。
治療方針は、がんの種類や広がり、体の状態などによって異なりますので、主治医に確認してください。
Q2. 根治が難しい場合でも、抗がん剤治療を受けることはありますか?
一般的には、根治が難しい場合でも、がんの進行を抑えたり、症状を和らげたりすることを目的として、抗がん剤治療が行われることがあります。
どの治療が適しているかは、病状や体調、本人の希望によって異なります。
治療によって期待できることや副作用については、主治医とよく相談してください。
Q3. 胃のバイパス手術とは、どのような手術ですか?
膵臓は胃や十二指腸などの消化管の近くにあるため、膵臓がんが広がると消化管が狭くなったり詰まったりすることがあります。
そうなると食べられる量が減り、栄養状態の低下につながります。
一般的には、がんの切除ができない場合に、こうした症状を改善する目的で、胃と空腸をつないで食べ物の通り道をつくる手術が行われることがあります。

食べ物の通りを助けるために、別のルートをつくる考え方を図にしたものです。
妹の場合は、「胃のバイパス手術になりました」とLINEで知らせてくれました。
どのような方法で行われたのかまでは、私には分かりません。
手術の内容や目的は、病状や体の状態によって異なります。
詳しくは主治医にご確認ください。
参考:国立がん研究センター がん情報サービス「膵臓がん 治療」
次のお話
手術が終わり、妹は抗がん剤治療について考えるようになりました。
そんな妹から、私はある言葉を聞くことになります。
「少しでもいいから、家に帰りたい」
次回は、その言葉のあとに妹が過ごした日々について書きます。
【妹の病気:第3話】はこちら↓
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この記事を書いた人 きゃんばぁば|がん その先へ
自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。
義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。
このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。
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