第2章|迷いながら選んだ治療
かかりつけのクリニックから紹介を受けて10日後。
夫と私は、専門的な診察を受けるため、がんセンターへ向かいました。
クリニックでは「早期」と聞いていたこともあって、私はまだ、
「大丈夫。きっと早期に違いない」
と思っていました。
「きっと早期」と思って、がんセンターを受診
クリニックの先生からは、食道の表面を削るだけの手術だと聞いていました。
そのため私は、がんがほかの場所に転移しているとは考えていませんでした。
紹介された消化器内科で、先生の診察が始まりました。
先生からの問診に、夫が一つずつ答えていきます。
食事のことや、最近体調に変わったことはないかなど、思っていた以上に詳しい質問がありました。
私は、夫が食べたものを戻すことがあることや、ときどき声がかすれることを先生に伝えました。

想像していた診察とは、少し違う時間が流れていました。
食道の表面を削るだけの手術で済むと思っていたのに、なぜここまで詳しく聞かれるのだろう。
問診を聞いているうちに、
思っているより深刻なのかもしれない。
そんな不安が胸をよぎりました。
そして、もう一つ不安になったことがありました。
この日は造影CT検査を受ける予定ではなかったのですが、先生から、その日のうちに検査を受けるように言われたのです。

診察の流れが、私の予想とは違う方向へ進み始めていました。
予定になかった検査を、その日のうちに受けることになった。
そのことも、私の不安を大きくした理由の一つでした。
造影CT検査を終え、帰りの電車で転移を知らされた
造影CT検査を終え、私たちは病院を出ました。
駅へ向かう道では、夫が前を歩き、私はその後ろをついていきました。
もし、転移が見つかったらどうしよう。
そんな不安が頭から離れませんでした。
けれど、一番不安なのは夫のはずです。
そう思うと、どんな言葉をかければいいのか分からず、私は何も話せませんでした。
ただ黙って、夫の後ろを歩いていました。

予定外の検査を終えた帰り道。私の不安は消えないままでした。
夫は早足で歩いていました。
後ろを歩く私との距離は、だんだん離れていきました。
夫の表情は見えず、何を考えているのかも分かりませんでした。
今振り返ると、夫も「どうして自分が、がんに」と思っていたのかもしれません。
そして、帰りの電車に乗りました。
車内で並んで立っていたとき、がんセンターから電話がかかってきたのです。
電話に出たのは私でした。
そこで知らされたのは、
夫のがんに転移が見つかった
ということでした。
クリニックでは早期のがんと聞いていたのに、転移しているなんて。
私はすぐには受け止められませんでした。
そのあと、私は夫に電話を代わりました。
夫も「えっ?」というように、驚いた様子でした。
夫はそのまま先生と話をしていました。

帰りの電車の中で受けた一本の電話が、私たちの気持ちを大きく揺らしました。
電話を終えた夫の顔を見ると、私には少し不安そうに見えました。
私は夫に、

「きっと大丈夫やよ」
と声をかけました。
けれど、その言葉は、私自身にも言い聞かせていたのだと思います。
電話を切ってから自宅に着くまで、二人とも何も話しませんでした。
帰宅後、がんセンターからもう一度電話がありました。
翌日の外科受診についての連絡だったと思います。
紹介を待っていた10日間への後悔
転移を知らされたその日、私はクリニックからがんセンターを受診するまでの10日間を振り返っていました。
「早期のがん」と聞いていた私は、安心して紹介された日を待っていました。
けれど、その間に別の病院を訪ね、夫の診断や治療について、ほかの医師の話を聞くこともできたのではないか。

あの日から、過ぎた時間の見え方が変わりました。
そう思うと、悔しくてたまりませんでした。
その気持ちは、今も変わりません。
次の話では、翌日の外科診察で「限りなくステージ4に近い、ステージ3です」と告げられ、治療方針が急速に決まっていった日のことを書きます。
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自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。
義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。
このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。
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