第1章|食道がんが見つかるまで
夫の食道がんが分かり、治療について話し合っていたとき。
私が乳がんの治療を受けていた2013年のことを思い出しました。
今回、「支える立場」になって初めて気づいたこと。
そして、あのときの夫への思いを書いてみようと思います。
「私は、世界で一番不幸だと思っていた」
乳がんの告知を受けた当時の私は、「自分ががんになるなんて。どうして私なんだろう」とそんなふうに考えて、塞ぎ込んでいました。
すぐに始まる治療への怖さで、頭がいっぱいで、周りを見る余裕なんてありませんでした。
その頃、夫は仕事が終わるとそのまま病院へお見舞いに来て、家のことも黙ってこなしてくれていました。

あの頃は、それが夫の日常になっていたことに気づいていませんでした。
でも当時の私は、自分のことで精いっぱい。
夫がどんな思いで私を支えてくれていたのか、そこまでは、見えていなかったのだと思います。
「支えることが、こんなにも苦しいなんて……」
今度は夫が食道がんになりました。
病気になったのは夫なのに、まるで自分ががんになったような感覚になりました。
これからどうなるんだろう……。
支える立場になって、私は初めて知りました。

「支えることが、こんなにも苦しいなんて……」と。
治療を受けるのは夫。
どんなに願っても、その痛みや思いを代わってあげることはできない。
ただ、そばで見守ることしかできない。
そんな立場になって、2013年のことを思い出しました。
あのとき私の側で夫は、どれほどつらかっただろう。

立場が入れ替わって初めて、あの頃の夫の気持ちに近づけた気がしました。
仕事をしながら病院へ通い、家のことも全部してくれていた夫。
夫が食道がんになって初めて、あのとき夫がしてくれていたことの大きさに気づきました。
あなたが「普通の生活」を守ってくれてたんだね
私の側で夫は、いつもの日常が続くように支えてくれていました。
あなたが、「普通の生活」を守ってくれてたんだね。

私が治療だけを見ていた頃、夫は暮らしの続きを守ってくれていました。
本当にありがとう。
今度は、私の番です。
今度は私があなたを支えたい。
そう思った私は、治療が始まる前に、家族としてできることを一つずつ調べ始めました。
ここから、私たちの闘病は次の段階へ進んでいきます。
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自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。
義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。
このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。
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