食道がんの治療を夫婦で話し始めた日|「そんなに簡単な話じゃないのに」【夫の食道がん闘病記・第5話】

夫の食道がん闘病記
第1章|食道がんが見つかるまで
※この記事は、夫が食道がんと診断された当時、私たち夫婦が実際に話したことや経験をもとに書いています。
※治療方法や経過は患者さんによって異なります。
※医療についての判断は、主治医や医療機関にご相談ください。

夫は「早期」という言葉に、ほっとしているようでした。

でも、食道がんについて調べる中で目にした厳しい情報が頭に残り、私の中の不安は消えませんでした。

家に帰ってすぐリビングで話し、その日の夜に、もう一度治療のことを話しました。

この日から、何度も二人で治療について話し合うことになります。

「そんなに簡単な話じゃないのに」と思った

夫がまず気にしたのは、やはり仕事のことでした。

約30年同じ会社で働き、当時は中小企業の社長。偉ぶることなく、ずっと社員より早く出社し、有給もほとんど取らない、仕事が生活の中心にある人でした。

残業は好まず、「仕事は時間内にするべきだ」とよく口にしていました。

そんな夫が、治療の話になって最初に気にしたのは、仕事のことでした。

夫
夫

「仕事があるし、入院期間の短い治療を選びたい」

そう話しました。

私は、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「期間だけで選ぶのは危ないよ」

と伝えました。

こんなときくらい、少し仕事を休ませてもらえばいいのに。

そう思う私に、夫は、

「そんなにたいした手術じゃないだろ」

と返します。

「早期」と言われたことで、手術をそれほど大きなこととは考えていないように見えました。

食道がんの治療期間や仕事について話し合う夫婦と、病気について調べる妻の4コマ漫画

同じ病気を前にしていても、夫と私では気にしていることが少し違っていました。

その頃、私は食道がんについてネットで調べていました。

画面に並ぶのは、生存率の低さや転移の速さなど、不安になる言葉でした。

もちろん、すべてが夫に当てはまるわけではありません。

それでも、調べれば調べるほど、そんなに簡単な病気ではなさそうだと感じていました。

一方、夫は、私の乳がんが治ったことから、

「自分も大丈夫やと思う」

というようなことを話していました。

そんな夫を見ながら、私は、

「そんなに簡単な話じゃないのに……」

ともどかしさを感じていました。

食道がんについて調べながら不安を感じる妻と、落ち着いた様子の夫

夫の「大丈夫」と、私の不安。その距離をどう埋めればいいのか、まだ分かりませんでした。

夫に、一つずつ聞いてみることにした

夫は、自分の病気について自ら詳しく調べるタイプではありませんでした。

私が調べたことを一方的に話すより、夫がどう考えているのか、一つずつ聞いてみよう。

そう思って、私は聞き方を変えることにしました。

「じゃあ聞くけど……再発率は低いけど生活の質が下がる治療と、再発率は少し上がるけど今の生活を保てる治療なら、どっちがいい?」

夫の考えを聞くために、私はこんなふうに問いかけました。

治療について一方的に説明するのではなく、夫の考えを聞こうと問いかける妻と、考え込む夫の4コマ漫画

言葉にして聞いてみることで、これまで見えなかった夫の考えが少しずつ見えてきました。

夫の答えは、なんとなくわかっていました

「生活の質が変わらない方に決まってるだろ!」

私が問いかけたときの夫の答えは、なんとなくわかっていた通りでした。

返ってきた言葉に、私は、

「そうだよね」

と頷き、気になって調べていた治療法の話を切り出してみました。

「化学放射線治療っていう方法もあるんだって」

すると夫は、

「へぇ、そんなのあるんだ。それ、いいかもな」

と言いました。

そこで私は、

「セカンドオピニオンも考えてみたら?」

とも伝えました。

治療について資料を見ながら話し合う夫婦のイラスト

すぐに答えを出すのではなく、二人で選択肢を確かめる時間が始まりました。

もちろん、この段階で何かを決めたわけではありません。

詳しい検査もこれからで、最終的な治療を選べる状況でもありませんでした。

けれど、こうして話してみたことで、夫が生活の質を大切にしたいと考えていることが、少しだけ見えた気がしました。

あの頃の私の思いは、ただ一つ。

夫を助けたい。

それだけでした。

私自身も乳がんを経験していたので、告知されたときの苦しさは分かっているつもりでした。

でも、夫の気持ちの深いところまで分かっていたわけではありません。

何が正解だったのかは、今振り返っても分かりません。

治療について話し合ったあと、夜のリビングで静かに考える夫婦のイラスト

答えが出たわけではなくても、二人で向き合った時間は残っていました。

ただ、二人で一つずつ話し合えたこと。

その積み重ねが、あの頃の私たちの不安を少しずつ軽くしてくれたのだと思います。

治療について夫と話し始めた頃、私は、自分が乳がんだったときのことを思い出していました。

あの頃、夫がどんな思いで私を支えてくれていたのか。

夫が食道がんになり、今度は私が「支える側」になって、初めて気づいたことがありました。

夫を「支える側」になって気づいたことは、次の話に続きます。


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この記事を書いた人 きゃんばぁば|がん その先へ
自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。
義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。
このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。
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