【第41話】乳がん治療から10年、経過観察を終えた私が最初にした4つのこと|これからの人生を考え直した日

乳がん体験記

※この記事は、私が2013年にトリプルネガティブ乳がんと診断され、治療とその後の経過観察を受けた体験をもとに書いています。

※2024年、主治医による経過観察が終了し、私はその説明を「乳がんは完治した」と受け止めました。治療後の経過や経過観察の期間、その後に必要な診察や検査などは、一人ひとり異なります。

乳がんと告げられ、抗がん剤治療、手術、放射線治療を受け、その後は思いがけず肺の病気とも向き合うことになりました。

長かったその時間に、ひとつの区切りがついた日のことを書きます。

乳がんの経過観察が終わったとき、喜びより大きかったのは安堵でした

2024年、主治医から、経過観察はこれで終了になること、もう大丈夫だということを伝えられました。

その説明を聞いた瞬間、私が思ったのは「夢ではないよね」でした。

治療中、私は何度も「いつかこの日が来る」とイメージしてきました。

だから、ここまで来られたことが、本当にうれしかったです。

経過観察の終了を医師から聞き、「夢ではないよね」と安堵する

約10年続いた経過観察に、ひとつの区切りがついた日。

でも、心の奥から湧いてきたのは、大きな喜びというより、「やっと、ここまで来たんだ」という安堵でした。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「終わったんだ」

その一言が、いちばん近い気持ちだったように思います。

乳がんと診断されてからの約10年。

その間に、私の生活も考え方も少しずつ変わりました。

母としての自分、家族との関わり方、時間の使い方、人との付き合い方。

そして、自分の人生をどう生きるか。

治療前とまったく同じ自分に戻ったのではなく、病気を経験した時間も含めて、新しい自分になったのだと思います。

乳がんを発症する前の私は、3人の子どもたちのこと、仕事、家事、近所付き合い、趣味のテニス、そこに引っ越しの準備まで重なり、一日が「やらなければならないこと」で終わっていくような生活でした。

もちろん、当時の忙しさが乳がんの原因だったと考えているわけではありません。

ただ、病気を経験して振り返ったとき、私は自分の体や気持ちを後回しにしていたことに気づきました。

乳がん発症前、家事や仕事、テニスに追われて忙しく過ごしていた頃の女性

家事や仕事、子育て、テニス。あの頃は毎日を慌ただしく過ごしていました。

区切りがついて、心に残っていたことを形にすることにしました

治療や経過観察が終わったあと、私の中に浮かんできたのは、これまでずっと心の中に残っていたことでした。

いつかやろうと思いながら、そのままになっていたこと。

それを、ひとつずつ形にしていくことにしました。

経過観察終了後、心に残っていたことをノートに書き出す女性

心の中に残っていたことを、ひとつずつ整理していきました。

経過観察を終えて、私が最初にした4つのこと

特別なことをしたわけではありません。

家族とこれからのことを話すこと。

支えてくれた人に「ありがとう」を伝えること。

長く気になっていたことを終わらせること。

経過観察終了後に行った、家族との話し合い、感謝、お礼参り、実家じまいの4つの場

「家族で『これから』について、ゆっくり話す時間を持ちました。

1.家族と「これから」のことを話しました

最初にしたのは、家族と将来について話すことでした。

  • 自分の葬儀をどうしたいか
  • お墓をどうするか
  • 愛犬のこと
  • もしものときに必要になる手続きのこと

元気なときには、なかなか話しにくいことばかりです。

実は、治療中にも一度、家族と話しておこうと思ったことがありました。

でも当時の私は、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「こんな話をしたら、治療を頑張ろうという気持ちまで弱くなってしまうかもしれない」

と思い、あえて話しませんでした。

それが正しかったのかどうかは、今もわかりません。

ただ、私の場合は、治療や経過観察にひと区切りついたあとだったからこそ、落ち着いて自分の希望を伝えることができました。

経過観察終了後、家族とこれからのことについて自宅で話し合う様子

元気な今だからこそ、家族に自分の希望を落ち着いて伝えることができました。

「もしもの話」をすることは、決して後ろ向きなことではありませんでした。

むしろ話し終えたあと、私は少し安心しました。

自分の希望を家族に伝えられたことで、これからの時間を、もっと大切に生きていこうと思えたのです。

2.支えてくれた人に、改めて「ありがとう」を伝えました

経過観察が終了したとき、私はずっと気になっていた快気祝いを贈りました。

感謝を伝えたのは、このときが初めてではありません。

治療が終わり、がんが消えていると説明を受けたときにも、心配してくださっていた方へ一度お礼を送っています。

それでも、快気祝いだけは、そのままになっていました。

治療中の私は、自分のことで精いっぱいでした。

励ましてくれた人。

心配して連絡をくれた人。

そっと見守ってくれた人。

たくさんの方に支えてもらっていましたが、十分に感謝を伝える余裕がありませんでした。

時間がたってしまったけれど、それでも伝えられて本当によかったと思っています。

支えてくれた人へ感謝を伝えるため、快気祝いを準備する女性

「心に残っていた『ありがとう』を、ようやく形にすることができました。」

「ありがとう」は、思っているだけでは相手には届きません。

乳がんを経験してから、私は以前よりも、伝えられるときに言葉にして伝えたいと思うようになりました。

3.いただいたお守りのお礼参りに行きました

乳がんがわかったとき、家族や友人からたくさんのお守りをいただきました。

その一つひとつに、「元気になってほしい」「治ってほしい」という気持ちが込められていたのだと思います。

私はずっと、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「元気になったら、必ずお礼参りに行こう」

と決めていました。

それを、やっと叶えることができました。

無事にここまで来られたこと。支えてもらったこと。

いろいろな思いを胸に、手を合わせました。

いただいたお守りを持ち、無事に経過観察を終えられたことを感謝してお礼参りをする女性

「いただいたお守りとともに、無事にここまで来られた感謝を伝えました。」

心の中に残っていた約束をひとつ果たせたようで、帰る頃には気持ちが少し軽くなっていました。

4.先延ばしにしていた夫の実家じまいをしました

もうひとつ、長い間心に引っかかっていたのが、夫の実家の片付けでした。

片付けを始めようと思っていた矢先に、私の乳がんがわかりました。

それどころではなくなり、そのまま時間が過ぎていきました。

その後、義父と義母が亡くなってからも、なかなか手をつける気持ちにはなれませんでした。

けれど、いつかは誰かがしなければなりません。

体調が落ち着き、自分の気持ちにも少し余裕ができたことで、ようやく実家じまいに向き合うことができました。

実際にやってみると、本当に大変でした。

私自身の経験から感じたのは、次のようなことです。

  • 一度に終わらせようとせず、少しずつ進める
  • 処分や整理には費用がかかることも考えておく
  • 残しておきたい思い出の品は、早めに家族で確認しておく

進め方や必要な費用は、家の状況によって大きく変わると思います。

それでも終えたときは、「やっと終わった」と、肩の荷がひとつ下りたような気持ちになりました。

長年先延ばしになっていた夫の実家を少しずつ片付け、「やっと終わった」と感じるまでの4コマ漫画

「長く心に引っかかっていた実家じまいにも、ようやく区切りがつきました。」

4つのことを終えて、ようやく「私は何をしたい?」と考えました

家族と話し、感謝を伝え、お礼参りをし、長く気になっていた実家じまいも終えました。

すべてを一度に始めたわけではありません。

自分の体調や気持ちに合わせながら、できることから少しずつ進めていきました。

治療が終わったからといって、すぐに次の目標を見つけなくてもいいのだと思います。

私の場合は、心に残っていたことを終えていくうちに、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「これからの時間を、私はどう使いたいのだろう」

と考えられるようになりました。

乳がんの治療中、私にはずっと心の中で思っていたことがあります。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「生きていたら、いつか書こう」

自分が乳がんになったときに感じたこと。

怖かったこと。治療中に困ったこと。

知らなくて不安だったこと。

そして、時間がたったからこそわかること。

それを残しておけば、いつか同じように乳がんと告げられ、不安の中にいる誰かの役に立つかもしれない。

そう思い、私はブログを始めました。

治療中に「生きていたら、いつか書こう」と思った経験を、経過観察終了後にブログへ書き始める女性

「治療中に心に残した思いが、ブログを書くきっかけになりました。」

最初は、思っていた以上に大変でした。

パソコンの操作にも慣れていない。

文章を書くのにも時間がかかる。

何度も、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「私にできるのかな」

と思いました。

それでも、「あの辛かった治療を乗り越えてきたんだから、少しくらいうまくいかなくても大丈夫」。そう自分に言い聞かせながら続けてきました。

そしてInstagramでも、乳がんの経験を発信するようになりました。

自分の病気のことを、どこまで書いていいのだろう。

誰かに読んでもらえるのだろうか。

そんな不安もありました。

それでも今は、私の経験がひとりでも誰かの安心につながるのなら、書き残していきたいと思っています。

乳がんになったことを「よかった」と思うことは、今でもありません。

できることなら、経験せずに済みたかった。

辛かった治療も、不安だった日々も、もう一度経験したいとは思いません。

それでも、伝えたいことは伝えられるときに伝えること。

そして、家族だけではなく自分の人生も大切にしていいということに気づきました。

若くない私にとって、ブログもInstagramも大きな挑戦でした。

でも、60歳になった今も思います。

何かを始めるのに、遅すぎることはないのかもしれません。

自宅のパソコンで乳がんの経験を書き続ける女性

60歳からの新しい挑戦も、少しずつ続けています。

次回は、乳がんと告げられてから治療が始まるまでの2か月間です

「生きていたら書こう」と思っていた私が、今こうして経験を書き残しています。

次回は、その原点となった時間まで戻ります。

2013年。

乳がんと告げられてから、実際に治療が始まるまでの約2か月。

振り返ってみると、私にとってこの「まだ治療が始まっていない時間」が、精神的にとても辛い時期でした。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「私はどうなるの?」

「ちゃんと治療できるの?」

何もわからないまま検査結果を待ち、スマホで情報を探し続けていたあの頃。

乳がん告知から治療開始まで、検査結果を待ちながら情報を探し不安を抱えていた2か月を描いた4コマ漫画

治療が始まるまでの2か月は、何もわからないことへの不安でいっぱいでした。

なぜあの2か月が、それほどつらかったのか。

そして、今の私なら、あの頃の自分に何と声をかけるのか。

次回は、乳がん告知から治療が始まるまでの日々を振り返ります。

第42話はこちらから↓

この記事を書いた人

きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター

乳がんを経験し、経過観察を経てひとつの区切りを迎えました。

その後、義妹の膵がん、夫の食道がんと向き合い、家族として闘病を支えた経験をもとに、患者本人と家族、それぞれの視点から記事を書いています。

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