約6か月の術前抗がん剤を終えて、FEC療法後の検査結果を聞く日へ
私は2013年にトリプルネガティブ乳がんと告知され、手術の前に抗がん剤治療を受けました。
治療はパクリタキセルから始まり、その後FEC療法へと進みました。
約6か月にわたる治療は、決して楽なものではありませんでした。
つらい副作用に何度も心が折れそうになりながらも、「後悔しないように、今できることをやろう」と自分に言い聞かせてきました。

治療の日々を重ねた先に、結果を聞く日が近づいていました。
そして、すべての術前抗がん剤治療を終えたあと、検査を受け、いよいよ結果を聞く日がやってきました。
期待と不安が入り混じる、眠れなかった前日の夜
治療が終わった安堵はありました。でも、それ以上に結果を聞くのが怖かったのです。

「がんが見えなくなっていたらいいな」

「でも、もし残っていたらどうしよう」
そんな思いが、何度も頭の中を行ったり来たりしていました。

結果を待つ夜は、静かな部屋の中でも心だけが落ち着きませんでした。
ずっと待ち望んでいたはずの日なのに、前日の夜はなかなか眠れませんでした。
布団の中で、何度も何度も「どうか、治療が効いていますように」と祈りました。
待合室でのため息と、診察室で見た主治医の笑顔
待合室で名前を呼ばれるのを待っている間、乳がんと告知された日のこと、抗がん剤治療がつらくて投げ出したくなった日のことが一気に頭をよぎりました。

「これだけ頑張ってきたんだから、大丈夫」
そう自分に言い聞かせても、不安で心臓がドキドキして落ち着きません。
深呼吸をしても、出てくるのはため息ばかりでした。

診察室に入るまでの数分が、とても長く感じられました。
そして、ついに診察の順番が来ました。
診察室のドアを開けると、主治医が満面の笑みで迎えてくれました。

扉を開けた瞬間、診察室の空気が少しだけやわらいだ気がしました。
その表情を見た瞬間、「もしかして、いい結果なのかな」と感じましたが、それでもまだ、確信は持てませんでした。
私は椅子に座り、主治医の言葉を待ちました。
「がんが見えなくなっています」告げられた瞬間の安堵
椅子に座ると、主治医は画像を見ながらゆっくりと説明してくれました。
そして、私にとって一生忘れられない言葉を聞きました。

「がんが見えなくなっています」

張りつめていた気持ちが、少しずつほどけていきました。
その言葉は、まるで神様の声のように聞こえました。
その瞬間、全身の力が抜けました。
副作用に苦しみ、不安に押しつぶされそうになりながらも、何とか通い続けた半年間。
つらかった日々が、一気によみがえってきました。
不思議なことに、涙も笑顔も出ませんでした。
ただ、心の中に深い安堵と感謝が広がっていくのを感じていました。
がんが画像で見えなくなっても、手術が必要だった理由
結果を伝えたあと、主治医は続けて大切なことを説明してくれました。

「画像上はがんが見えなくなっています。でも、手術は必要です」
正直なところ、「がんが見えなくなったなら、このまま手術をしなくてもいいのでは?」と一瞬思いました。

うれしい結果のあとにも、体の中をより詳しく確かめる過程がありました。
でも、画像上の結果と、実際の体の中の状況は同じではないと説明を受け、私は現実を落ち着いて受け止めました。
画像上の変化と、手術後の病理検査で確認することの違い
「画像で見えなくなったこと」と「手術で切除した組織を病理検査で確認すること」は、同じ意味ではありません。
最終的な治療効果は、手術で切除した組織を病理検査で確認して判断されるからです。

検査の種類によって、確かめていることが少し違うと知りました。
この説明を主治医からきちんと聞けたことで、「がんが見えなくなったのに、なぜ手術をするの?」という疑問を抱えたままにならず、納得して次のステップである部分切除術(乳房温存術)へと進むことができました。
【補足:完全寛解とpCRについて】乳がんの治療では、「完全寛解」や「病理学的完全奏効(pCR)」という言葉を聞くことがあります。pCRとは、手術で切除した組織を病理検査で詳しく調べた結果、その組織において治療前に確認されていたがんが病理学的に確認されない状態を指す言葉として説明されることがあります。画像検査で見えなくなったこととは、判断の段階が異なります。
言葉の定義や受け止め方は病状や医療機関の説明によって異なるため、気になる場合は主治医に確認してください。

難しい言葉は、自分ひとりで判断せず、主治医に確認することが大切だと感じました。
抗がん剤治療中は、体のつらさだけでなく、治療費や生活面の不安もありました。
高額療養費制度や医療保険に支えられた経験については、別記事にまとめています。
🔗関連記事:第34話|高額療養費制度だけでは見えなかった出費|がん治療中、保険に支えられた3つの場面
つらい治療を支えてくれた先生方と家族への感謝
今振り返っても、主治医に出会えたことは、私にとって本当に大きな支えでした。
「この先生と一緒なら、治療を頑張れる」と思えたことが、どれほど心強かったかわかりません。
結果を聞いた日、心の中には「ありがとうございます」という気持ちだけがあふれていました。
がんを見つけてくださったクリニックの先生。
最初に診てくださった病院の先生。
セカンドオピニオンで出会えた先生方。
治療を支えてくださった乳腺外科の先生方、看護師さん、医療スタッフの皆さん。
そして、そばで支えてくれた家族。

治療を乗り越える力は、支えてくれた人たちの存在にも助けられていました。
本当にありがとうございました。
この感謝の気持ちは、今でも忘れていません。
手術へ向かう静かな不安と、入院生活での出会いへ
抗がん剤治療を終えてから、約3週間後に手術を受けることが決まりました。
うれしい検査結果を聞いて一安心したものの、いざ手術へ進むとなると、また別の不安がありました。
それまでの間は、抗がん剤で疲れた体を少しでも休めようと過ごしました。
手術を前にした不安を抱えていた私ですが、入院生活では、同じように治療と向き合う人たちや、支えてくださった医療チームの存在に、何度も励まされることになりました。

安心した気持ちを胸にしまいながら、次の準備を始めました。
第17話では、乳がんの入院生活で出会った「がん友」と、支えてくれた医療チームのことを書いています。
第17話はこちらから↓
※掲載している文章・画像の無断転載・使用はご遠慮ください。



