2024年の元旦。
石川で大きな地震があり、私の住むマンションも今までにないくらい揺れました。
エレベーターも止まり、落ち着かないお正月だったのを覚えています。
その後、孫が風邪をひいて高熱を出し、私は自宅で食事の世話などをしていました。
数日経って、年賀状を出せなかった方への返事を準備していて、姪の住所を聞こうと思い、妹にLINEを送りました。
「こんばんは。元気にしていますか。〇〇ちゃんの住所を教えてください。お願いします」
ところが、返ってきた妹のLINEを見て、私は少し引っかかりました。
短いのです。

いつもの妹とは少し違う、短い返事でした。
いつもの妹なら、もう少し自然にやり取りが続くはずでした。
やっと返信してくれた。そんなふうに感じました。
「こんばんは、元気にしています。」
その下には、姪の住所と名前が書かれていました。
妹は普段、絵文字をよく使い、そのあとにスタンプも送ってくる人でした。
でも、そのときはそれがありませんでした。

「体調が悪いのかな。風邪でもひいたのかな」
そのときの私は、それ以上のことは考えていませんでした。
住所も教えてもらえたので、そのまま年賀状の返事の準備を続けました。
その後、弟からメッセージが届きました。
妹が前日に入院し、検査の結果「十二指腸がん」と聞いていること。
そして、かなり厳しい状況だという内容でした。
その後、弟と電話で詳しい話をしました。
そのメッセージを見たあと、しばらく放心状態でした。
その日は、がんや病院についていろいろ調べていたと思います。

何気ないLINEから、状況が大きく変わっていきました。
あとから知った、続いていた胃の不調
あとから聞いた話ですが、妹は以前から胃の調子が悪く、近くの行きつけの病院に通っていたそうです。
そこで「胃腸炎」と言われ、本人もそれで安心していたようでした。

あとから知った、妹の体調の変化と通院の流れです。
どこまで詳しい検査を受けていたのか、私は分かりません。
当時の私は、妹がそんなふうに病院へ通っていたことも知りませんでした。
妹が以前から病院に通っていたと知ったとき、
「そんなに前から調子が悪かったの?」
と驚きました。
私は、その頃の妹がそこまで体調を崩しているとは思っていませんでした。
妹が病気になってから振り返って初めて、その前から体調の変化が続いていたことを知ったのです。
会っていたときは気づかなかった|あとから見返した2022年夏の写真
2022年の夏、妹がわが家へ遊びに来ました。
娘に子どもが生まれたので、そのお祝いを持ってきてくれたのです。
妹はとても器用な人で、そのとき、赤ちゃんの名前を使った絵も描いて持ってきてくれました。
その絵は、今も娘の宝物になっています。
その日の妹は、いつもと変わらないように見えました。
具合が悪そうには見えず、私も特に気になることはありませんでした。

当時は何も気づかなかった、夏の一場面です。
けれど、妹が病気になってからその日の写真を見返すと、顔や体が少しむくんでいたように見えるのです。
そのときは、体調の変化だとは思っていませんでした。写真を撮った当時は、
「少し太ったのかな」
と思ったくらいでした。
「あの頃から、体に何か変化が出ていたのだろうか」
と思うようになりました。今だから、そう感じるのだと思います。
ただ、そのむくみのように見える変化と膵がんに関係があったのかどうかは、私には分かりません。
ひどい嘔吐と腹痛で救急搬送|この時点では「十二指腸がん」と聞いていた
妹が救急搬送されたきっかけは、ひどい嘔吐と腹痛でした。
病院ではCT検査、超音波検査、血液検査などを受けました。
この時点では膵がんとは分からず、私は弟から「十二指腸がん」と聞いていました。
また、腸閉塞も起こしていたようです。
LINEの返事に違和感を覚えてはいましたが、まさかここまで体調を崩していたとは思っていませんでした。
「まさか、がんだなんて」
驚きと同時に、「どうして妹が」と思い、涙が出ました。

突然知らされた現実に、気持ちが追いつきませんでした。
私ががんセンターを勧めた|あの判断は正しかったのか
病院を調べる中で、もし命に関わる病気だったら、できるだけ専門的に診てもらえるところがいいと思いました。
その中で、がんや消化器の病気を専門とする先生が多いと感じたがんセンターがありました。
大阪なら、まだ通うこともできるのではないかと思いました。
ほかにも遠方の病院まで調べましたが、そこまで遠くへ通うことについては家族から反対されました。
その中で私は、「ここなら診てもらえるのではないか」と思い、まずがんセンターでセカンドオピニオンを受けてみたらどうかと勧めました。
その後、私自身ががんセンターへ電話しました。そのとき、がんセンターから、入院中の妹はセカンドオピニオンを受けられないとの説明を受けました。
「転院ならできますか」
そう尋ねると、病院同士で話をして検討するような説明がありました。
私はその内容を弟に伝え、その後、がんセンターへの転院が決まりました。

家族として動いたあの時間を、今も何度も振り返ります。
そのときの私は、少しでも早く、専門的な病院できちんと調べてもらうことが、妹のために一番いいと思っていました。
けれど今でも、ときどき考えます。
あのとき、私ががんセンターを勧めたことは、本当に妹にとってよかったのだろうか、と。
あのときの私は、妹を助けたいという気持ちで勧めました。
それでも、その選択がよかったのかどうか、今も答えは出ていません。
その後、妹はがんセンターへ転院します。
そこで私たち家族は、想像していなかった現実を知らされることになります。
よくある質問(Q&A)
Q1. 膵臓の病気が心配なとき、何科を受診すればいいですか?
まずは、かかりつけ医や近くの内科・消化器内科などで相談する方法があります。
必要に応じて、専門の医療機関を紹介してもらうこともできます。
Q2. 一度「胃腸炎」と言われても、症状が続く場合はどうすればいいですか?
症状が続く、繰り返す、以前より強くなるなど、気になる変化がある場合は、もう一度医療機関に相談することを考えてください。
妹の場合も、以前から胃の不調があり、「胃腸炎」と言われて安心していたようでした。その後、ひどい嘔吐と腹痛で救急搬送されました。
もちろん、胃の不調や腹痛があれば膵がんということではありません。気になる症状が続くときは、自己判断せず医師に相談してください。
Q3. 受診するとき、症状について何を伝えるといいですか?
「いつから始まったか」「どんな症状か」「良くなったり悪くなったりしているか」「以前と比べて変化したことはあるか」などを整理して伝えると、医師に状況を説明しやすくなります。
言葉だけでは伝えにくい場合は、症状の経過を簡単にメモしておく方法もあります。

気になる変化を整理しておくと、受診のときに伝えやすくなります。
「いつもと何か違う」|妹の経験から今伝えたいこと
妹のことを振り返ると、最初から「膵がんかもしれない」と分かるような症状があったわけではありませんでした。
胃の調子が悪く、病院では「胃腸炎」と言われていました。そのため、妹自身も安心していたようです。
私も、あの短いLINEを、風邪だろうと受け取りました。
そして2024年1月には、ひどい嘔吐と腹痛で救急搬送されることになりました。

振り返ると、心に残っているのは小さな変化でした。
もちろん、妹と同じような症状があれば膵がんということではありません。
それでも、
「いつもと何か違う」
そんな小さな変化を、見過ごさないでほしい。
気になることが続くなら、一度きちんと診てもらってほしい。
それが、妹の経験を振り返った今、私が伝えたいことです。
次のお話|がんセンターで知らされた現実
その後、妹はがんセンターへ転院することになりました。
妹はとにかく体調が悪く、私は心配していました。
ほかの病院には受け入れを断られたと聞いていたので、がんセンターで診てもらえることになったときは、「ここなら大丈夫かもしれない」と少し期待を持ちました。

先が見えない中で、少しだけ希望を持てたときでした。
次回は、転院した妹に何が起きたのかを書きます。
手術で分かった腹膜播種。
そして、私たち家族が「膵がんステージ4」という現実を知らされたときのことです。
【妹の病気:第2話】はこちら↓
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この記事を書いた人 きゃんばぁば|がん その先へ
自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。
義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。
このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。
その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。
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