【妹の病気:第5話】「これを持ってきて」|最期の頃、膵がんの妹が頼ってくれたこと

妹の膵臓がん
※この記事は、膵がんステージ4と診断された妹を、家族として見守った経験をもとに書いています。
※病気の経過や、最期の過ごし方は人によって異なります。

お正月の間も、妹がどうしているのか、ずっと気になっていました。

でも、こちらから連絡することはしませんでした。

LINEに返事をすること自体が、妹の負担になるのではないかと思ったからです。

病気がわかってから、妹になかなか会えないときや、LINEが来ないときには、これまでのやり取りを見返すことがありました。

初孫の写真が届いた日に、緩和ケアへの入院を知った

リビングでくつろいでいたとき、妹からLINEが届きました。

初孫が無事に生まれたという知らせと、赤ちゃんの写真でした。

リビングでスマートフォンを見ながら、妹から届いた赤ちゃんの写真を確認する女性の2コマイラスト

スマホに届いた一枚に、ほっとする気持ちが生まれました。

写真を見ると、どこか妹に似ているような気がしました。

「かわいい」

そう返信しました。

無事に生まれてよかった。そのときは、素直にそう思いました。

その日のうちに、妹が緩和ケアの病院に入院していることを知りました。

誰から聞いたのかは、今ははっきり覚えていません。

緩和ケアへの入院だったことと、以前、余命は3か月だと聞いていたこと。

その二つが頭の中でつながって、

もう、妹に会える時間はあまり残っていないのかもしれない。

そう感じました。

私は妹にLINEで、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「会いに行けるかな」

と送りました。

すると、妹から病院のパンフレットの写真が送られてきました。

面会時間や、人数の制限が書かれていました。

スマートフォンを見つめる女性と、病院の面会案内を確認する場面を描いた2分割イラスト

届いた案内を見つめながら、会いに行ける時間を確かめていました。

文字で説明するのではなく、パンフレットの写真が送られてきたのを見て、

文字を打つのも、しんどいのかな。

そう感じました。

面会時間や人数制限を確認すると、

まだ会えるんだ。

そう思いました。

「桃のジュースと午後の紅茶」

面会に行く前、私は妹にLINEで聞きました。

 

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「何か持ってきてほしいものある?」

返ってきたのは、

「桃のジュースと午後の紅茶」

という返事でした。

もしかしたら、アイスなら食べられるかもしれない。

そう思って、もう一度LINEで聞いてみました。

すると、

「キャラメルか苺のアイスが食べたい」

と返ってきました。

妹は普段、自分から「これを買ってきて」と頼むことが、ほとんどない人でした。

いつも、周りを気遣う人だったからです。

もっと元気な頃に、こんなふうに「これがほしい」「これを持ってきて」と言い合えていたら、どんなによかったか。

私が乳がんの治療をしていた頃、妹には家族のことでも、ずいぶん助けてもらいました。

あの頃の私は、ほとんど何もできませんでした。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

いつか恩返しをしたい。

そう思っていました。

だから、妹が「これを持ってきて」と頼んでくれたことは、私にとってありがたいことでした。

私にも、まだしてあげられることがある。

そう思えたことが、うれしかったのだと思います。

妹とのLINEで飲み物やアイスの希望を聞き、売り場で選ぶ女性の4コマ風イラスト

妹に頼まれた飲み物やアイスを選ぶ時間も、私にできる大切なことでした。

買い物に行き、ハーゲンダッツが並んでいるケースの前で、キャラメルと苺を探しました。

どちらもあればいいな。

そう思いながら探し、キャラメルと苺のアイスを両方選びました。

苺のアイスは二口だけ

3日後、母と一緒に、妹のいる病院へ行きました。

病室には、妹のお姉さんもいました。

挨拶を済ませて妹を見ると、ベッドを少し起こした状態で、横になっていました。

12月に会ったときよりも、ずっと痩せていました。

見ているのが、つらいほどでした。

持ってきたアイスを見せて、

「食べる?」

と聞くと、

「食べます」

と答えました。

「どのアイスにする?」

「苺のアイス食べたい」

病室で女性が妹にアイスを見せ、どれを食べるか話している2分割イラスト

病室で交わした、短くてもあたたかいやり取り。

妹は苺のアイスを二口ほど口にすると、

「冷蔵庫に入れてください」

と言いました。

私はアイスを受け取り、冷蔵庫に入れました。

妹自身が思っているよりも、もうあまり食べられないのかもしれない。

そう感じました。

そのあとは、あまり話さず、妹のそばで過ごしました。

長くいると疲れるだろうと思い、そろそろ帰ることにしました。

帰るとき、妹に、

きゃんばぁば
きゃんばぁば

「またね」

と声をかけました。

病院を出て、駅へ向かう道を歩いているとき、母がひと言、

「辛いね」

と言いました。

私も、それ以上は何も言えませんでした。

そのあとは、二人ともほとんど無言でした。

妹が苺アイスを少し食べ、女性が冷蔵庫にしまい、その後そばで過ごして母と帰るまでを描いた4コマ漫画

病室で過ごしたひとときが、帰り道まで静かにつながっていました。

自宅に着き、自分の部屋に入って着替えたあと、病室で見た妹の姿を思い出しました。

12月に会ったときとは変わってしまった姿が、頭から離れませんでした。

そして、泣きました。

「あとどれくらいか、見通しがついた」

2日後、今度は娘と一緒に、妹のいる病院へ行きました。

その日は、妹に頼まれていた飲み物の「免疫ケア」を持っていきました。

病室で渡すと、妹は、

「ありがとう」

と言ってくれました。

ベッドのそばのテーブルには、すでに「免疫ケア」が1本置いてありました。

持ってきたものは、冷蔵庫に入れました。

前に会ったときより、容態は悪くなっているように感じました。

それでも、妹はまだ自分で立つことができ、LINEも見て返信していました。

点滴の具合が悪かったのか、途中で看護師さんが病室に来ました。

そのとき妹は、私たちと向き合うようにベッドに座っていました。

病室でベッドに座る妹と、向かい合って座る女性と娘を描いたイラスト

三人で向き合った、忘れられないひととき。

そして、

「先生と昨日話をした」

と言いました。

そのあと、

「あとどれくらいか、見通しがついた」

と、とても小さな声で言いました。

私には、独り言のようにも聞こえました。

その言葉を聞いた瞬間、

もう、あまり時間がない。

本当にいなくなるんだな。

そう思いました。

その言葉に対して、私は何も返すことができませんでした。

そのあと、妹はベッドに横になりました。

翌日には自宅へ帰ることや、孫ちゃんに会う予定があることも聞きました。

帰るとき、妹に何と声をかけたのかは、今は覚えていません。

私にも、まだできることがあった

桃のジュース。

午後の紅茶。

キャラメルと苺のアイス。

そして、「免疫ケア」。

桃のジュース、紅茶、2種類のアイス、免疫ケアを4コマで描いたイラスト

あの日のやり取りを思い出す、小さな品物たち。

どれも、妹が「これがほしい」と言ってくれたものでした。

最期の頃に、妹が私を頼ってくれたことは、今も心に残っています。

何かしてあげられることがあって、よかった。

今振り返ると、そんな気持ちがいちばん近いように思います。

次のお話

妹は以前、

「少しでもいいから、家に帰りたい」

と話していました。

翌日、妹は自宅へ戻り、生まれたばかりの孫ちゃんに会う予定でした。

次回は、自宅に戻ってからのことと、私が残しておきたい妹のことを書いていきます。


前のお話

第4話では、妹の余命が3か月だと聞いてから、12月に会いに行った頃までのことを書いています。


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この記事を書いた人 きゃんばぁば|がん その先へ

自身の乳がん治療を経験し、その後、義理の妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えてきました。

義理の妹とは長く親しくしていて、私にとっては妹のような存在でした。

このブログでは、患者として、家族として経験したことを、自分の言葉で記録しています。

その後の暮らしや、これからの生き方についても書いています。

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