期待と緊張が入り混じる「在宅医療」の幕開け
がんセンターでの治療から緩和ケアへの移行。
私の心は「家で一緒に過ごせる時間を大切にしたい」という願いと、「どうか夫の痛みが取れてほしい」という切実な祈りでいっぱいでした。

在宅医療の先生を待つ、少し緊張した朝の時間。
11月22日。いよいよわが家での在宅医療が始まる日です。
「先生、まだかな……。夫が少しでも良い時間を過ごせたらいいな」
少しの緊張とともに、時計を何度も見ながらその時を待っていました。
インターホンが鳴り、動き出した「チーム」の力
インターホンが鳴り、ドアを開けると、そこには思っていた以上にたくさんの方が立っていました。先生と、数名の看護師さんたちです。

この日から、わが家での在宅医療が始まりました。
「これからこの方たちが夫の生活を支えてくれるんだ」という思いが胸に広がったのです。
挨拶を済ませると、まずは在宅医療と在宅看護の違いについて丁寧に説明を受けました。
医師が自宅を訪問し、診察や検査、お薬の処方などを行うことです。いわば「病院の診察室」がそのまま家に来てくれるようなイメージです。
看護師さんが自宅を訪問し、日々の体調管理や体のケア(清拭やマッサージなど)、さらには患者さんとその家族の心のケアまで寄り添ってくれることです。「一番身近で頼れる伴走者」のような存在です。
この説明を聞きながら、私は思いました。
「あぁ、これからはこのチームが夫の生活を多角的に支えてくれるんだ」
そう感じたとき、それまで張り詰めていた心がすっと解け、大きな安心感に包まれたのを今でも覚えています。
その後、看護師さんたちによる細かな問診を経て、先生の診察が始まりました。夫は力強くこう伝えました。
「今一番してほしいことは、痛みを和らげて、普通の生活を送れるようにしてほしい」
私はその横で、「そんな生活が、少しでも長く続くようにしてほしい」と、心から願いながら言葉を添えました。
「普通の生活」を叶えてくれた、魔法のようなテープ
先生は痛み止めの処方を決め、「この後、薬剤師さんがお薬を届けてくれます。それで痛みのコントロールをしていきましょう」と言ってくださいました。
その後、届いたのは、「フェンタニルテープ」という貼るタイプの痛み止めでした。
これを貼ってから、わずか数時間後のことです。
これは医療用麻薬の一つで、皮膚に貼ることで体の中に少しずつ薬が吸収され、長時間にわたって痛みを和らげる効果があります。

痛みから解放され、夫が普通に歩き出した瞬間。
がんの痛みのコントロールによく使われるお薬です。
そして、それを貼ってからわずか数時間後のことでした。
痛みで真っ直ぐ立つことさえ難しかった夫が、すっと背を伸ばし、普通に歩き始めたのです。
その夫を見たとき、私の胸には言葉にできない喜びが込み上げました。
「この時間が、どうか一分一秒でも長く続いてほしい」と、強く祈らずにはいられませんでした。
家族の心にも寄り添う「訪問看護」の温かさ
次の診察までの間、大きな支えとなったのが訪問看護師さんの存在です。
看護師さんは体調管理だけでなく、介護をする私の心のケアまで気にかけてくださいました。

訪問看護の時間は、わが家に穏やかな安心を届けてくれました。
夫は看護師さんとお話しするのを毎回とても楽しみにしていました。
時々してくれる足のマッサージに、「癒やされるなぁ」と目を細める夫。
医療のプロが家に来てくれる安心感、そして「触れ合い」がもたらす癒やし。
それは時間に追われる急性期病院とは違う、家ならではの穏やかな時間でした。
後悔しないために。病院任せをやめ、自ら提案した日
診察の際、私は先生に一つ確認をしました。「ステロイドは、夫も使うことができますか?」
事前に自分で少し調べていたからです。終末期の倦怠感や食欲不振、体のだるさなどに、ステロイドが効果を発揮することがあると知りました。
もちろん、薬にはそれぞれ適応や副作用があります。
専門知識のない私が、薬の提案なんてしていいのだろうか。一瞬、そんなためらいが頭をよぎりました。
けれど、私を突き動かしたのは、がんセンターで味わったあの激しい後悔と絶望でした。
「もう治療法はありません」
そう冷たく突き放されたあの日、私は変わりました。医療にすべてを委ねるだけでは、私たちの望む時間は守れない。
「専門家に任せきりにするのではなく、自分たちでも調べ、納得いくまで希望を伝える。それが、夫の時間を守る唯一の方法だ」
夫の体が少しでも楽になる可能性があるのなら、聞くだけでも聞いてみよう。
そう決意しての質問でした。

私の質問に、先生は優しく耳を傾けてくださいました。
先生は私の質問を否定することもなく、「次の診療までに考えてきますね」と優しく答えてくださいました。
在宅医療では、どうしても家族は「お世話になる立場」として遠慮しがちです。
それでも、医療チームと向き合い、自分たちの思いや希望を伝えていくこと。
それが、夫にとっての「最善」を探るための、確かな一歩になったと感じた出来事でした。
「家で診る」と決めた家族が必ず直面する5つの不安と解決(Q&A)
Q1. 医療用麻薬(フェンタニルなど)を使うと、中毒になったり、寿命が縮んだりしませんか?
A. 適切に使用すれば、中毒になることはなく、寿命が縮むこともありません。
「麻薬」という言葉に、不安や怖いイメージを持つ方は多いと思います。
けれど、がんの痛みの治療で使われる医療用麻薬は、痛みを和らげるために適切に処方されるお薬です。そのため、精神的な依存(中毒)が起こることはないとされています。むしろ、強い痛みを我慢し続けることの方が体力を奪い、生活の質を下げてしまいます。痛みをきちんとコントロールすることで、食事や睡眠がとれるようになり、穏やかな時間を過ごすことにつながります。

医療用麻薬は、がんの痛みを和らげるために適切に使われる大切なお薬です。
A. いいえ、必ずしも「最期が近いから使う薬」ではありません。
医療用麻薬は、痛みの強さに応じて早い段階から使われることがあります。痛みを我慢するよりも、適切に薬を使うことで体が楽になり、家族と会話をしたり、食事を楽しんだりと、普段の生活を取り戻しやすくなります。
医療用麻薬は「最期の薬」ではなく、痛みを和らげて生活を支えるための大切な治療の一つです。
A. 実際には、入院より費用負担が少なくなるケースも多くあります。
在宅医療や訪問看護にも健康保険が適用されます。また「高額療養費制度」を利用すれば、1か月の医療費には上限があるため、医療費が大きく膨らむことはありません。さらに、入院時にかかる差額ベッド代(個室代)や、家族の通院の交通費なども不要になるため、結果的に負担が軽くなることもあります。
費用が不安な場合は、ケアマネジャーや医療ソーシャルワーカーに相談してみてください。
A. 家族だけで対応する必要はありません。
在宅医療では、24時間365日いつでも連絡できる体制が整えられています。夜間や休日でも、訪問看護ステーションやクリニックに電話をすれば、状況に応じて対応方法を教えてもらえます。必要な場合は、医師や看護師が自宅へ往診してくれることもあります。「いざという時はすぐに相談できる」体制があることが、在宅医療の大きな安心につながります。

夜間や休日でも、在宅医療のチームに電話で相談することができます。
Q5. 素人の家族が「この薬を使えませんか」と提案したら、先生の機嫌を損ねませんか?
A. 問題ありません。
在宅医療では、家族からの情報や提案も大切にされています。医師が診察で見られる時間は限られていますが、家族は24時間そばで患者の様子を見ています。そのため、ネットで調べたことでも「こんな選択肢はありませんか?」と相談することは、決して失礼なことではありません。遠慮して抱え込むよりも、医療チームと話し合いながら最善の方法を探していくことが大切です。
まとめ:私が実感した「在宅医療」3つの力
在宅医療は、単に「家に先生が来て診察してくれるもの」という私の想像をはるかに超え、生活そのものを支えてくれる仕組みでした。実際に受けてみて実感した特徴をまとめます。
❶痛みのコントロール
「フェンタニルテープ」のように、自宅でも高度な緩和ケアを受けることができます。
病院にいなくても、適切なお薬で痛みを抑えることができ、夫は久しぶりに笑顔を見せてくれました。
❷多職種の連携と24時間体制
医師、訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャーなど、多くの専門職が連携して患者を支えます。困ったことがあれば24時間いつでも相談できる仕組みがあり、「一人で抱えなくていい」という事実は、家族にとって大きな安心感でした。
❸家族への心のケア
訪問看護師さんは、患者本人の体だけでなく、介護をする家族の不安にも耳を傾けてくれます。そっと声をかけてもらうだけで、心が救われることが何度もありました。
🔗関連リンク
Instagram(乳がん・夫の闘病・日々の想い)
note(有料シリーズ)
👉 第1話 夫が食道がんと告げられて〜ステージ1を信じてしまった私の後悔
👉 第2話 夫の食道がんと向き合って〜「どう生きたいか」を語り合った夜
👉 第3話 夫の治療方針が変わった日〜病院の中で見えた「見えない壁」
👉 第4話 治療中に「妻として聞けなかったこと」とあとで気づいた視点
👉 第5話 食道がん全記録 40年連れ添った夫を見送って…見逃した「10年前のサインと最後の言葉」
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
👉 詳しいプロフィールはこちら
