先生の口が動いているのに、“トリプルネガティブ”という聞き慣れない言葉しか、私の頭には残りませんでした。
告知の瞬間、頭が真っ白になった私ですが、そこに至るまでの数日間も、張り裂けそうな不安の中にいました。
今回は、検査の日から告知、そして「乳がん」と告げられた私が最初にした行動についてお話しします。
乳がん検査の日|答えを知るのが怖かった
「もし本当に乳がんだったらどうしよう」という恐怖で、病院へ向かう足はとても重いものでした。
当日は、触診、マンモグラフィー、そしてエコー検査を受けました。
エコー検査の最中、モニターの画面に影が映ったのを見たとき、嫌な予感で胸がざわついたのを今でも覚えています。

静かな検査室で、不安だけが膨らんでいきました。
その後、しこりの組織を採る生検が行われ、「結果が出るのは3日後です」と告げられました。
張り詰めた空気の中、ただ「何事もありませんように」と祈るしかありませんでした。
長すぎる3日間。結果を待つだけで心がすり減っていった
生検を終えてから結果が出るまでの期間は「3日間」でした。
数字で見ればたった3日ですが、当時の私にとっては永遠のように長く感じられました。
食事をしても味がせず、テレビをつけても内容がまったく頭に入ってきません。

何をしていても、不安がそばにありました。
何をしていても「がんかもしれない」という考えが頭をよぎり、ただ結果を待っているだけで、少しずつ心が削られていくようでした。
不安から逃れる術がなく、ただ時間が過ぎるのを耐えるしかない、とても苦しい時間でした。
乳がんの告知|“トリプルネガティブ”という言葉だけが残った
そして迎えた結果発表の日。
診察室で先生から告げられたのは、「乳がんです」という言葉でした。
「えっ…?」
言葉の意味を深く理解するより先に、頭の中が真っ白になりました。
毎年きちんと検診を受けていたのに、どうして?
先生はその後も治療方針などについて説明を続けてくれていたはずですが、「トリプルネガティブ」という聞き慣れない言葉だけが頭に残り、その他のことはほとんど耳に入ってきません。

告知の衝撃で、心が追いつきませんでした。
自分のことなのに、どこか現実味がなく、先生の説明も遠くで聞こえているようでした。
告知された私が最初にしたこと|帰り道に寄った書店
病院を出たあと、私は誰かに電話をかけたりするよりも先に、帰り道にある書店へ寄りました。
まっすぐ医療コーナーへ向かい、乳がん治療の本を買ったのです。

不安の中で、少しでも知ろうと本を手に取りました。
知識を得ることで、目の前の現実をなんとか掴もうとしたのだと思います。
そこからどうやって家に帰ったのか、今でもはっきりとは思い出せません。
すれ違う人たちだけがいつも通りの日常の中にいるように見えて、自分だけが世界から切り離されたような感覚でした。

人混みの中で、心だけが立ち止まっていました。
そして家に着き、ひとりになった瞬間、こらえていたものが一気にあふれ、声を上げて泣きました。
本を買っても、家族にはまだ言えなかった
買ってきた本を開き、病気について知ろうとすることはできましたが、本を開いたからといってすぐに現実を受け止められるわけではありませんでした。
本を読んでも、ひとりで声を上げて泣いても、私にはまだどうしてもできないことがありました。
それは、家族に「私、乳がんになった」と伝えることです。
自分のことで精一杯だったはずなのに、大切な家族を悲しませてしまうと思うと、どうしても言葉にできませんでした。
家族にどう伝えるかが、私にとって次に立ちはだかる一番大きな壁だったのです。

家族に伝える勇気が、まだ持てませんでした。
次の記事では、私が家族に乳がんを伝えた日のことを書きます。
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お役立ちコラム|検査結果待ちや診察で不安なあなたへ
乳がんかもしれないと一人で悩む時間は、本当に苦しいものです。
もし話せる相手がいる場合は、信頼できる人に気持ちを聞いてもらうだけでも少し楽になることがあります。
また、診察室では緊張して頭が真っ白になることがあります。
医師に聞きたいことは事前にメモしておき、そのメモを見ながら話すと、少し安心です。

小さなメモが、診察前の心のお守りになりました。
そして、検査結果や今後の治療については自己判断せず、必ず担当の医師に直接確認するようにしてください。
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