【妹の病気4】余命宣告 あと3ヶ月残された時間と痛みと向き合った日々

妹の病気

妹が「後3ヶ月」と告げられた日、私たちの時間は静かに、でも確実に変わり始めました。

 

きゃんばぁば
きゃんばぁば

日に日に痛みが強くなり、できることが減っていく妹をの姿を見るのが、本当に辛い日々でした。

余命宣告を受けた日のこと

2024年10月末、腸閉塞(ちょうへいそく)になる一歩手前の状態で妹は入院しました。

この頃から、食事はほとんど摂れなくなり、体力も目に見えて落ちていきました。

そして病院で主治医から告げられたのが、「余命1ヶ月から3ヶ月」という言葉でした。

その言葉があまりにも重くて、まるで時間が止まったように感じました。

その日のLINEのやりとりを私は今も覚えています。

返信はいつもとは違う、ぎこちなく弱々しい文章で返ってきたのです。

その言葉を打つのさえ、辛そうな妹の顔が浮かぶようで胸が締めつけられました。

きゃんばぁば
きゃんばぁば

私は「無理しないで、痛い時は我慢しないでちゃんと薬を飲んでね」と送りました

すると、たどたどしい短い返事。

妹の体が、確実に膵がんに奪われていくのを感じました。

スマホでメールする女性の写真

妹とのLINE

痛みとの闘い、変わっていく日常

日に日に痛みは強くなり、昨日までできていたことができなくなる。そんな繰り返しでした。

少し歩いただけでも息が上がり、横になって過ごす時間がどんどん長くなっていきました。

食べることもできず、ただ痛みに耐える妹の姿を見て

きゃんばぁば
きゃんばぁば

どうして神様はこんなにも残酷な最期を妹に与えるんだろう?」と思わずにはいられませんでした。

妹は何も悪いことをしていません。

むしろ、人と人をつなぎ、周りにいつも優しく寄り添い、誰からも愛されるそんな人でした。

それでも、こんな辛い時間を過ごさなければならないなんて…。

彼女が、どんな気持ちでこの時期を過ごしていたのか想像するたび、私の中には、無力感と言葉にならない悲しみが積もっていきました。

もうこれ以上治療はできない。

妹自身もわかっていながら、それでもなお、自分のことより私たち家族の心配をしてくれる姿に

きゃんばぁば
きゃんばぁば

なんとかしてあげたい」と何度も思いました。

こんな日常がやって来るなんて、想像すらしてなかったのです。

すい臓がんのお腹の痛み

がん細胞が、お腹に広がっていくことによって起こる痛みで、進行した膵がんの症状の一つです。

膵がんのお腹の痛み
  • 持続する鈍い痛み
  • 食後に悪化
  • 突発的な鋭い痛み(刺すような痛み)
  • お腹全体の痛み

膵がんの腹膜播種(ふくまくはしゅ)は「腹水」や「がん性腹膜炎」といった合併症が痛みの原因になることもあります。

痛みどめが効きにくいこともあり、専門的な緩和ケアが必要になります。

この時期の妹は痛みどめがあまり効かない様子でした。

妹との最後の時間「いちごのアイス」と久しぶりの笑顔

在宅療養を頑張っていた妹が、お正月痛みに耐えきれなくなり、家族が準備していた緩和ケア(終末期ケア)の病院へ緊急入院することになりました。

後から妹から聞いた話では「家族が大変そうで、これ以上迷惑かけたくない」と思い、入院を決めたそうです。

 

きゃんばぁば
きゃんばぁば

入院したときの妹は見る影もなく痩せていて、まるで別人のようでした。

緩和ケアでは、すぐに痛みのコントロールが始まりました。

その頃、家族が体調を崩してしまい、しばらく妹の元に通い、いろいろな話をしました。

「家族が心配」

「あとどれくらい生きられるか見通しがついた」ということを話してくれました。

私は、ただうなづいて、聞いてあげることしかできませんでした。

そんな妹が「これ持ってきて欲しい」とリクエストしてくれたとき、私は少し嬉しくなりました。

普段は、遠慮ばかりしていた妹が、はっきりとお願いをしてくれたことに、なんだかほっとした気持ちになりました。

アイス食べれそう?」と聞くと

うん、いちごがいい」と答えてくれたので、急いでアイスを買って病院へと急ぎました。

一口食べて「美味しい」笑った妹の笑顔を見たとき、涙がこぼれそうになりました。本当に久しぶりの笑顔でした。

入院中の家族に寄り添う人の写真

最後に妹と話せてよかった

妹は、最後は家で過ごしたいと決めていたので、2日後自宅へ戻りました。

生まれたばかりの初孫に会えることを何より楽しみにしていました。

念願が叶い、赤ちゃんを抱っこすることができました。

そしてその数日後、妹は静かに息を引き取りました。

緩和ケアで大切にされていること
  • 苦痛を減らすこと(身体的。精神的な辛さ)
  • 本人の希望を大切にすること(どこで過ごしたいか・どう過ごしたいか)
  • 家族へにサポート(看取りや心の準備・疲労のケア)

 

膵がんが、最も厳しいがんといわれる理由

膵がんの亡くなり方が、もっとも厳しいと言われるのは、膵がんが他の臓器に比べて発見しにくく
進行が早く、治療が難しいという特徴を持っているからです。

理由 内容
発見が難しい 初期症状が出にくく、見逃されやすい
進行・転移が早い 他臓器や腹膜へすぐ広がる
治療が難しい 手術適応が限られ、薬の効果も限定的
痛みや症状が強くなりやすい 背中の痛み・腹水・体重減少など
生存率が低い 全体の5年生存率が10%前後

参考:日本膵癌学会「膵癌診療ガイドライン」

膵がんは、本当にてごわいがんなんです。

さいごに:妹が旅立った後に感じたこと

きゃんばぁば
きゃんばぁば

妹が旅立って時間が経っても、ふとした瞬間に、思い出が心に浮かびます。

優しい声、控えめな仕草、可愛い笑顔、何気ない会話の中にあった温かさ。

妹は、私の人生の中で、言葉では言い尽くせないほど大切な存在でした。

そしてこの一年、私が乳がんを完治したちょうどその頃、妹に膵がんが見つかりました。

悲しみと苦しみの日々が始まりました。

それでも妹は「大切に生きる」ということを私に教えてくれました。

その思いを胸に、彼女とともに生きていきたいと思います。

最後に、妹でいてくれてありがとう。

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