はじめに|旅立ちのあとに始まった時間
第42話では、夫が家族に見守られながら、静かに旅立った日のことを書きました。
私にとって、夫の闘病記としては、あの日がひとつの区切りでした。

けれど、家族としての時間は、そこで終わったわけではありませんでした。
夫を家に連れて帰ること。
お通夜と葬儀の準備をすること。
そして、ちゃんと見送ること。
ここからは、夫が旅立ったあとに始まった、私たち家族の「その後の記録」として残していきたいと思います。

夫の旅立ちのあと、家族としての新しい時間が静かに始まりました。
とうとう、この日が来てしまった
2026年1月29日。夫は、静かに旅立ちました。
いつかこの日が来るかもしれないと、頭では分かっていたつもりでした。
それでも、実際にその時を迎えると、心はすぐには追いつきませんでした。
涙があふれるというよりも、目の前で起きていることが、本当に現実なのかどうか、まだ分からないような感覚でした。
夫の最期を見届けたあと、私たち家族は、病院で30分ほど、お別れの時間をいただきました。

家族で夫を囲み、静かにお別れの時間を過ごしました。
まだ温かい体に触れながら、看護師さんと一緒に整えた時間
家族で過ごしたあと、私は一人、病室に残りました。
そして看護師さんと一緒に、夫の体をきれいに整えていきました。

夫を大切に見送るための、最初の時間でした。
触れた夫の体はまだ温かく、まるでただ眠っているだけのようでした。
「本当に、逝ってしまったのだろうか……」
そんな思いが、何度も心の中に浮かびました。
現実としての実感が湧かないまま、それでも看護師さんの優しい手際に導かれるように、静かに身支度を進めました。
このときはまだ旅立ちを受け止めきれていませんでしたが、今振り返ると、あれは夫を大切に見送るための最初の時間だったのだと思います。
先生と看護師さんに見送られて
その後、家族全員と先生、看護師の皆さんで、あらためて最後のお別れをしました。
夫の治療に関わってくださった方々が、最後まで丁寧に見送ってくださったことは、今も心に残っています。

「本当にお世話になりました」。心からそう思いました。
病院で過ごした時間は、決して楽なものではありませんでした。
不安な日も、泣いた日も、思うようにいかない日もたくさんありました。
それでも、夫が最後まで生きようとしていた時間を支えてくださった方々がいたことに、深く感謝しています。
病院を出て、夫が帰りたがっていた自宅へ
しばらくして、事前に依頼していた葬儀社の方が、病院へ迎えに来てくださいました。
夫は、何よりも自宅で過ごすことを望んでいました。
だから私は、最後はどうしても、夫をわが家に迎えたいと思っていました。
元気な姿ではなかったけれど、夫が望んでいた場所にたどり着けたこと。
それだけが、あのときの私にとって、せめてもの救いでした。
寝台車の助手席に座った私は、まだ「信じられない」という気持ちのままでした。
夫がそばにいるのに、いつものように話しかけることはできない。
そんな夢の中にいるような感覚のまま、私は運転手さんへ、自宅までの道を案内し続けました。

信じられない気持ちのまま、私は夫と一緒に自宅へ向かいました。
いつも通っていた道なのに、その日は、まったく違う道のように感じました。
「おかえり」と心でつぶやいた、わが家での時間
葬儀社の方が、夫を家の中へ運び、あらかじめ用意しておいたお布団へ優しく寝かせてくださいました。

夫をわが家に迎えたあと、静かに仮通夜の準備が整っていきました。
こうして、自宅での仮通夜の準備が整いました。
悲しみの中でも、夫を無事に家族のもとへ迎えられたこと。
そして、少しでも生前のように落ち着ける場所を用意できたこと。
そのことに、私の心には、ほんの少しだけ安堵の気持ちが芽生えていました。
でも、ほっとする間もなく、そこからはお通夜や葬儀の流れ、必要な準備など、葬儀社の方との打ち合わせが始まりました。
悲しみに浸る余裕もないまま、目の前のやらなければならないことが次々と押し寄せてきます。
そんな慌ただしさが落ち着き、夫と二人で静かに過ごせる時間が訪れたのは、夜遅くになってからでした。
その夜、親友ご夫婦が夫に会いに来てくださいました。

夫を囲みながら、4人で懐かしい思い出を語り合った時間でした。
夫を囲みながら、楽しかったこと、一緒に過ごした日々、何気ない思い出を4人で語り合いました。
まるで眠っているようで返事はありませんが、そばにいると、いつものように話を聞いてくれているような気がしました。
その夜は、子どもたちもそれぞれに、夫との時間を過ごしていたように思います。

夫と子どもたちが、自宅で過ごした最後の大切な時間でした。
私の知らないところで、夫に話しかけたり、そばに座ったり。
それぞれの思いでお別れをしていたのかもしれません。
家族であっても向き合い方は一人ひとり違います。
悲しみの中にありながらも、夫と親しい人たちに囲まれた、静かで温かな時間でした。
手を握りしめて伝えた約束。そして、私が心に誓ったこと
しばらくの間、夫と二人きりになれる時間がありました。
私は夫のそばに座り、そっと手を握りました。
そして小さな声で語りかけました。
「ちゃんとお通夜も、お葬式もするからね」
「私、がんばるね」

夫の手を握り、静かに約束を伝えた時間でした。
夫へ約束を伝えたあと、私は自分自身の心に強く誓いました。
これからの3日間、どんなことがあっても、夫をきちんと見送ろう。
私にできることを、最後までやり遂げよう。
けれど、そのときの私は、まだ知りませんでした。
ここから始まる3日間が、想像していた以上に慌ただしく、心も体も大きく揺さぶられる見送りの日々になるということを。
さいごに|あの日を振り返って
夫が自宅に戻ってきたその日から、休む間もなく現実は動き出しました。
大切な人を見送る時間に、正解はないのかもしれません。

あの夜の静けさは、今も心に残っています。
ただ、今振り返ると、夫とわが家で過ごしたあの夜は、別れを受け止めるための、私の最初の一歩だったのだと思います。
同じ立場のご家族へ。私たちの8ヶ月の記録をnoteにまとめました
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
余命を告げられたあとの緩和ケア病棟での日々。
そして、思いがけず叶った「自宅への帰還」。
先が見えない不安の中でも、私たちは家族として悩み、迷いながら、その都度最善を信じて決断を重ねてきました。
その8ヶ月の葛藤と、実際に家族としてどのように動いてきたのかを、ひとつの集大成としてnoteにまとめています。
私たちも何度も立ち止まり、後悔しそうになりました。
だからこそ、今まさに不安の中にいるご家族が、納得できる選択をするための道しるべになれたなら。
そんな想いで、すべての記録を公開しています。

この記録が、同じように悩むご家族の支えになりますように。

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