【夫の病気:第37話】在宅医療でも旅行はできる。淡路島で夫がくれた「幸せやな」に救われた2日間

夫の病気

在宅医療を過ごす日々の中で、「旅行」という言葉はどこか遠い世界の出来事のように感じていました。

「もし出先で体調が急変したら」
「移動は体に障るのではないか」

そんな不安を抱えていた私たち家族の背中を押したのは、他でもない夫自身の「旅行に行きたい」という力強い一言でした。

病気であっても、家の中で過ごすだけがすべてではない。

家族が一丸となって一歩踏み出した先に待っていたのは、涙が出るほど美しい景色と、かけがえのない「家族の時間」でした。

今回は、在宅医療の中で私たちが叶えた、忘れられない2日間の旅の記録をお届けします。

【決意】在宅医療2週間目、夫が灯した希望の光

在宅医療が始まってから2週間。

毎日を必死に過ごしていた12月初旬のある日、リビングで食事をしていた夫がふと口にしました。

「家族全員で、旅行に行けたらいいね。海が見たいな」

その言葉を聞いたとき、私の心に迷いはありませんでした。

「叶うのなら、絶対に連れて行ってあげたい」。でも、心のどこかで不安があったのも事実です。

数日後の往診日、私は思い切って主治医の先生に切り出しました。

在宅医療中のリビングで、夫婦と医師・看護師がやさしく語り合う場面。

「先生、夫を1泊の旅行に連れて行っても大丈夫でしょうか…?」

その場にいた先生と看護師さんは、パッと弾けるような笑顔で答えてくれました。

「ぜひ、連れて行ってあげてください!」

ダメと言われるかもしれない……と緊張していた私たちは、その明るい声に顔を見合わせてしまいました。

それまで「今の状態を維持すること」に精一杯だった私たちに、その一言は、未来へ続く光のように感じられました。

この日から、私たちの目標は「家族旅行」へと変わったのです。

【準備】家族一丸で探した「安心」と「特等席」

旅行が決まってからは、夜になるとリビングに子どもたちも集まり、家族総出の「作戦会議」が始まりました。

リビングで家族がテーブルを囲み、旅行の計画を楽しそうに話し合っている場面。

旅行先を探しながら、家族で笑い合ったあの夜。

「大阪から近くて、海が綺麗な場所…」

全員一致で決まったのは、淡路島でした。

宿探しで大切にしたのは、夫の体に負担が少ないこと

  • 部屋から海が一望できること
  • お部屋でお食事がいただけること
  • 部屋に温泉(露天風呂)があること

さらに、在宅医療中での旅行ということもあり、医療面での安心を確保するために以下の準備も行いました。

  • 【旅行中の薬(痛み止めや医療用麻薬など)の管理と持参方法】
    処方薬はあらかじめ「朝・昼・夜」といったタイミングごとに小分けにして持参しました。定時の薬とは別に、急な痛みに対応する「とんぷく」や「貼り薬」は、ひとまとめにしてすぐに取り出せるようにしておきました。お薬手帳も忘れずに持参しました。
  • 【道中のトイレ休憩や車椅子の工夫など】
    道中のトイレ休憩は回数を多めに取り、必ず息子が付き添いました。体力を温存するために移動は基本的に車椅子を使用しましたが、本人が「ここは歩きたい」と言った時には、その気持ちを優先しました。
  • 【万が一の時のための、主治医や緊急連絡先の確認】
    旅行中の体調変化に備え、主治医から現在の病状や処置がわかる「診断書」を書いてもらい持参しました。また、夜間でも対応可能な病院をあらかじめ調べておきました。

これらを整え、最後は「お部屋の雰囲気が一番いいところ」を決め手に宿を予約しました。

「ここなら、お父さんもゆっくりできるね」。

宿が決まった夜のリビングは、病気のことではなく「楽しみ」を語り合う前向きなエネルギーに満ちていました。

【当日】明石海峡大橋を越えて、別世界へ

12月10日。当日は12月とは思えないほど穏やかな小春日和でした。

夫は行き先が決まってから毎日「旅行、楽しみや」と口にしていました。

その日の朝も、その表情は生き生きとして見えました。

家族もそれぞれの役割を担います。

長女が運転、長男がビデオ係、次男が車椅子担当、そして私が見守り役。

車を走らせ、目の前に青い海が広がった瞬間、車内に歓声が上がりました。

その時だけは、夫の病気のことなど忘れてしまったかのように、いつもの私たちに戻っていました。

観覧車のゴンドラから見下ろした、淡路島の街並みと青い海の景色。

ゴンドラの中から見えた、 どこまでも広がる海と街の景色。

淡路島に到着し、まず向かったのは観覧車。

ゆっくりと空へ上がっていくゴンドラの中から見えたのは、どこまでも広がる最高の海でした。

「連れてきてあげられて、本当によかった」
そう、心から思いました。

 その後、夫が大好きなピザを食べに海辺のイタリアンへ。

潮風を感じながら美味しそうに頬張る夫。

海が見えるイタリアンレストランでいただいたピザと店内の景色。

海の見える席で、ゆっくりと過ごした昼食の時間。

戻ってきた食欲。

それを見守る子どもたちと私の目には、嬉しさで涙がにじんでいました。

「幸せやな」という言葉に救われて

宿に到着すると、そこは期待以上に素晴らしい場所でした。

お部屋に案内されると、そこには落ち着いた広い空間が広がっており、大きなテーブル。

窓いっぱいに穏やかな淡路の海が広がっていました。

まさに、海を楽しむための「特等席」のようなお部屋でした。

息子たちは海辺へ釣りに出かけ、夫は窓からその姿を目を細めて眺めていました。

私は娘と孫と一緒に温泉へ。張り詰めていた心の糸が、ゆっくりと解けていくのを感じました。

そして待ちに待った夕食。

宿でいただいた夕食の和食コース料理。彩り豊かな料理が並ぶ食卓の様子。

目の前に並んだご馳走。大好きなビールを飲み、 笑顔で料理を楽しんでいました。

ずらりと並ぶご馳走を前に「食べられるかな」と心配していましたが、夫は大好きなビールを飲み、さらには日本酒まで注文しました。

お酒を嗜みながら、家族の輪の中で笑う夫。その姿は、病気になる前と少しも変わらない「いつもの夫」でした。

「幸せやな」

「みんなで旅行できて、本当に良かった」

ふと漏らしたその言葉に、私は救われた気持ちになりました。

準備の大変さも不安も、すべてがこの一言で報われた気がしたのです。

【さいごに】あの旅が教えてくれたこと

旅行を計画し、準備を進め、当日を指折り数えて待つ。

その一歩一歩の時間すべてが、私たち家族に「未来を楽しむ力」を与えてくれました。

準備は、決して簡単ではありません。

それでも、勇気を出して一歩踏み出した先には、家の中だけでは出会えなかった「家族の新しい物語」が待っています。

あの時、キラキラ光る海を背にみんなで笑い合ったあの瞬間は、私たち家族にとって一生色褪せることのない、かけがえのない宝物です。

本記事は、夫の治療経過の中で「一患者家族として感じた体験」をもとに記しています。症状や対処法、治療の選択については必ず主治医や担当医療スタッフへご相談ください。特定の治療を勧める意図はありません。患者さんごとに状況は異なります。

同じ後悔をしないために。私たちの8ヶ月の全記録を公開しています

きゃんばぁば
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

在宅医療中であっても、家族の工夫と準備があれば、旅行という素晴らしい時間を過ごすことができます。

一方で、在宅医療への切り替えや、家族としての正しい動き方について、私たち夫婦は本当に悩み、何度も壁にぶつかりました。

私たちが迷いながら歩んだ8ヶ月の葛藤と具体的な実践の全記録を、一つの集大成としてnoteにまとめました。

今まさに不安の中にいるご家族が、私たちと同じ後悔をしないための「道しるべ」として読んでいただければ嬉しいです。

 


 

無料note記事

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夫との8ヶ月にわたる闘病の記録と、その時々の私のあふれた想いをnoteに詳しく綴りました。

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この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
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