在宅医療を過ごす日々の中で、「旅行」という言葉はどこか遠い世界の出来事のように感じていました。
「もし出先で体調が急変したら」
「移動は体に障るのではないか」
そんな不安を抱えていた私たち家族の背中を押したのは、他でもない夫自身の「旅行に行きたい」という力強い一言でした。
病気であっても、家の中で過ごすだけがすべてではない。
家族が一丸となって一歩踏み出した先に待っていたのは、涙が出るほど美しい景色と、かけがえのない「家族の時間」でした。
今回は、在宅医療の中で私たちが叶えた、忘れられない2日間の旅の記録をお届けします。
【決意】在宅医療2週間目、夫が灯した希望の光
在宅医療が始まってから2週間。
毎日を必死に過ごしていた12月初旬のある日、リビングで食事をしていた夫がふと口にしました。
「家族全員で、旅行に行けたらいいね。海が見たいな」
その言葉を聞いたとき、私の心に迷いはありませんでした。
「叶うのなら、絶対に連れて行ってあげたい」。でも、心のどこかで不安があったのも事実です。
数日後の往診日、私は思い切って主治医の先生に切り出しました。

「先生、夫を1泊の旅行に連れて行っても大丈夫でしょうか…?」
その場にいた先生と看護師さんは、パッと弾けるような笑顔で答えてくれました。
「ぜひ、連れて行ってあげてください!」
ダメと言われるかもしれない……と緊張していた私たちは、その明るい声に顔を見合わせてしまいました。
それまで「今の状態を維持すること」に精一杯だった私たちに、その一言は、未来へ続く光のように感じられました。
この日から、私たちの目標は「家族旅行」へと変わったのです。
【準備】家族一丸で探した「安心」と「特等席」
旅行が決まってからは、夜になるとリビングに子どもたちも集まり、家族総出の「作戦会議」が始まりました。

旅行先を探しながら、家族で笑い合ったあの夜。
「大阪から近くて、海が綺麗な場所…」
全員一致で決まったのは、淡路島でした。
宿探しで大切にしたのは、夫の体に負担が少ないこと
- 部屋から海が一望できること
- お部屋でお食事がいただけること
- 部屋に温泉(露天風呂)があること
さらに、在宅医療中での旅行ということもあり、医療面での安心を確保するために以下の準備も行いました。
- 【旅行中の薬(痛み止めや医療用麻薬など)の管理と持参方法】
処方薬はあらかじめ「朝・昼・夜」といったタイミングごとに小分けにして持参しました。定時の薬とは別に、急な痛みに対応する「とんぷく」や「貼り薬」は、ひとまとめにしてすぐに取り出せるようにしておきました。お薬手帳も忘れずに持参しました。
- 【道中のトイレ休憩や車椅子の工夫など】
道中のトイレ休憩は回数を多めに取り、必ず息子が付き添いました。体力を温存するために移動は基本的に車椅子を使用しましたが、本人が「ここは歩きたい」と言った時には、その気持ちを優先しました。
- 【万が一の時のための、主治医や緊急連絡先の確認】
旅行中の体調変化に備え、主治医から現在の病状や処置がわかる「診断書」を書いてもらい持参しました。また、夜間でも対応可能な病院をあらかじめ調べておきました。
これらを整え、最後は「お部屋の雰囲気が一番いいところ」を決め手に宿を予約しました。
「ここなら、お父さんもゆっくりできるね」。
宿が決まった夜のリビングは、病気のことではなく「楽しみ」を語り合う前向きなエネルギーに満ちていました。
【当日】明石海峡大橋を越えて、別世界へ
12月10日。当日は12月とは思えないほど穏やかな小春日和でした。
夫は行き先が決まってから毎日「旅行、楽しみや」と口にしていました。
その日の朝も、その表情は生き生きとして見えました。
家族もそれぞれの役割を担います。
長女が運転、長男がビデオ係、次男が車椅子担当、そして私が見守り役。
車を走らせ、目の前に青い海が広がった瞬間、車内に歓声が上がりました。
その時だけは、夫の病気のことなど忘れてしまったかのように、いつもの私たちに戻っていました。

ゴンドラの中から見えた、 どこまでも広がる海と街の景色。
淡路島に到着し、まず向かったのは観覧車。
ゆっくりと空へ上がっていくゴンドラの中から見えたのは、どこまでも広がる最高の海でした。
「連れてきてあげられて、本当によかった」
そう、心から思いました。
その後、夫が大好きなピザを食べに海辺のイタリアンへ。
潮風を感じながら美味しそうに頬張る夫。

海の見える席で、ゆっくりと過ごした昼食の時間。
戻ってきた食欲。
それを見守る子どもたちと私の目には、嬉しさで涙がにじんでいました。
「幸せやな」という言葉に救われて
宿に到着すると、そこは期待以上に素晴らしい場所でした。
お部屋に案内されると、そこには落ち着いた広い空間が広がっており、大きなテーブル。
窓いっぱいに穏やかな淡路の海が広がっていました。
まさに、海を楽しむための「特等席」のようなお部屋でした。
息子たちは海辺へ釣りに出かけ、夫は窓からその姿を目を細めて眺めていました。
私は娘と孫と一緒に温泉へ。張り詰めていた心の糸が、ゆっくりと解けていくのを感じました。
そして待ちに待った夕食。

目の前に並んだご馳走。大好きなビールを飲み、 笑顔で料理を楽しんでいました。
ずらりと並ぶご馳走を前に「食べられるかな」と心配していましたが、夫は大好きなビールを飲み、さらには日本酒まで注文しました。
お酒を嗜みながら、家族の輪の中で笑う夫。その姿は、病気になる前と少しも変わらない「いつもの夫」でした。
「幸せやな」
「みんなで旅行できて、本当に良かった」
ふと漏らしたその言葉に、私は救われた気持ちになりました。
準備の大変さも不安も、すべてがこの一言で報われた気がしたのです。
【さいごに】あの旅が教えてくれたこと
旅行を計画し、準備を進め、当日を指折り数えて待つ。
その一歩一歩の時間すべてが、私たち家族に「未来を楽しむ力」を与えてくれました。
準備は、決して簡単ではありません。
それでも、勇気を出して一歩踏み出した先には、家の中だけでは出会えなかった「家族の新しい物語」が待っています。
あの時、キラキラ光る海を背にみんなで笑い合ったあの瞬間は、私たち家族にとって一生色褪せることのない、かけがえのない宝物です。
同じ後悔をしないために。私たちの8ヶ月の全記録を公開しています

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
在宅医療中であっても、家族の工夫と準備があれば、旅行という素晴らしい時間を過ごすことができます。
一方で、在宅医療への切り替えや、家族としての正しい動き方について、私たち夫婦は本当に悩み、何度も壁にぶつかりました。
私たちが迷いながら歩んだ8ヶ月の葛藤と具体的な実践の全記録を、一つの集大成としてnoteにまとめました。
今まさに不安の中にいるご家族が、私たちと同じ後悔をしないための「道しるべ」として読んでいただければ嬉しいです。
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夫との8ヶ月にわたる闘病の記録と、その時々の私のあふれた想いをnoteに詳しく綴りました。
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きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
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