【夫の病気:第35話】「このまま終わらせない」 絶望の中で、自ら選び直した在宅医療と緩和ケア

夫の病気

「もう用済みなんだな」夫の言葉が火をつけた、私の決意

「もう、用済みなんだな」

退院を告げられた病室で、夫がぽつりとこぼしたその言葉。

深い孤独がにじむ声を聞いた瞬間、私の中で何かが静かに動きました。

急性期病院には急性期病院の役割があります。その現実も、頭では理解していました。

それでも、治療が一区切りを迎えたからといって、夫の人生がそこで終わるわけではありません。

自宅のリビングで、在宅療養を始めた夫の手を握る妻のイラスト

「このままでは終わらせない」

怒りというより、愛する人の時間を守りたいという思いが、私の背中を押しました。

それは医療への反発ではなく、私たちなりの「選び直し」でした。

絶望の中で、それでも前に進むと決めた日。
ここから、私たちの再始動が始まりました。

初めて流した涙。相談センターで心を解き放った日

退院の日。

夫を自宅のベッドに寝かせ、少し落ち着いたのを見届けてから、私は一人で再び病院へ向かいました。

向かった先は、院内の「がん相談支援センター」です。

ここは制度や選択肢を整理してくれるだけでなく、気持ちの行き場にもなってくれる場所でした。

私にとってそこは、不安の中で一人にならずにすむ場所でした。

大きな病院という組織の中で、気持ちを受け止め、共に考えてくれる存在…いわば、心を立て直すための拠りどころのように感じていました。

担当の方の前に座り、現状への不安や、次の行き先が決まらない焦り、そして「もっと何かできたのではないか」という夫への申し訳なさを口にした途端、張り詰めていた糸がふっと切れました。

これまで胸の奥に押し込めていた感情が一気に溢れ出し、私は声を上げて泣いてしまいました。

相談室で涙を流す妻と、向かい合い静かに寄り添う相談員。のイラスト

私、もう限界かもしれません…

センターの方は、私の言葉を遮ることなく静かに寄り添ってくださいました。

ひとしきり泣き終えたとき、不思議と頭が少しだけ整理されていることに気づきました。

恐怖や悔しさを吐き出したことで、ようやく次の一歩を考える余裕が生まれたのです。

「今は、できることを一つずつ探そう」

涙のあとに生まれたのは、怒りではなく、前に進むための決意でした。

自分たちで動く。在宅医療と緩和ケアという「二段構え」

涙を拭い、私は担当の方に向き直りました。
この数日間、夫のそばで調べ続けてきた在宅医療の情報を差し出しました。

相談室で在宅医療の資料を差し出し、連携を相談する妻と相談員。のイラスト

受け身で待つのではなく、 自分たちから選びにいくと決めました。

「がんに対応している在宅医療クリニックと、連携をお願いできませんか。
夫が一番安心できる自宅で、穏やかに過ごせる体制を整えたいのです」

自分たちの希望に合う医療機関をこちらから提示し、相談センターの専門的な力を借りて連携をお願いする。

それは病院との対立ではなく、自分たちにとって納得のいく選択をするための、大切な話し合いでした。

そして、私はもう一つお願いを重ねました。

「可能であれば、緩和ケア病棟の事前面談の予約も進めてください」

在宅医療と緩和ケア病棟を同時に考えた、本当の理由

在宅医療を希望しながら、なぜ同時に緩和ケア病棟の面談も進めたのか。

一見、矛盾しているように感じられるかもしれません。

けれども、それは決して「諦め」ではありませんでした。
夫を二度と行き場のない状況にしないための、私なりの二段構えの備えだったのです。

自宅での看取りを考えていたとしても、医療の専門家ではない家族にとって、急な体調変化への不安は常につきまといます。

夜中に突然つらそうになったらどうしよう。
痛みがうまくコントロールできなくなったらどうしよう。

夜、眠る夫の横でスマートフォンを見つめる妻の姿。

その不安を一人で抱えなくていいと知った夜でした。

その不安に押しつぶされそうになったとき、「いざというときに相談できる場所がある」と思えることは、看病する家族の心を支える大きな安心材料になります。

緩和ケア病棟は、希望すればすぐに入院できるとは限らず、事前の面談や調整、待機期間が必要な場合もあります。

だからこそ、まだ余裕のあるうちに準備を進めておくことが大切だと感じました。

もう、夫が行き場を失うような状況だけは避けたい。
その思いが、私の中で揺るぎないものになっていました。

自宅という「日常」と、必要なときに支えてくれる病棟という「安心の場」。

その両方をあらかじめ整えておくことが、夫が不安にのみ込まれずに過ごすための、大切な備えだと感じていました。

「もう大丈夫」自ら整えた、夫の居場所

相談センターの方の迅速な連携と尽力により、事態は大きく動きました。

翌日には、希望していた在宅医療クリニックの医師が自宅に来てくださることが決まり、同時に緩和ケア病棟の事前面談の予約も進みました。

病院からの帰り道。電車の窓を流れる景色をぼんやりと眺めながら、ずっと張り詰めていた胸の奥の緊張が、少しずつほどけていくのを感じました。

電車の中で窓の外を見つめる女性の横顔。

帰りの電車で、はじめて深く息ができました。 ほんの少し、未来が見えた気がしました。

「夫の命と尊厳を、私たちの手に取り戻せたかもしれない」

そんな思いが胸に広がり、冷えていた体の奥にゆっくりと温もりが戻っていくようでした。

自宅に戻り、静かに眠る夫の顔を見たとき、私は心の中で強く誓いました。

「もう大丈夫。あなたが用済みだなんて、誰にも思わせない」

「ここからは、あなたの時間を大切に守っていくからね」

それは、ただ運命に身を委ねるしかないと感じていた家族が、愛する人との時間を自分たちなりに整え直そうと決めた、静かで、揺るぎない覚悟の瞬間でした。

QA:絶望の中で一歩踏み出すために

Q1. がん相談支援センターは、家族だけでも相談できますか?費用はかかりますか?
A. はい。患者本人が同席していなくても、家族だけで相談できる場合が多いです。
また、その病院に通院していない方でも利用できることが一般的で、相談は原則無料です。「どうしていいかわからない」と途方に暮れたとき、まず相談してみたい心強い窓口のひとつです。一人で抱え込まず、必要に応じて専門職の力を借りてみてください。

Q2. 主治医への不安や不満を相談センターに伝えても大丈夫ですか?
A. 相談員(多くは医療ソーシャルワーカーや看護師など)には守秘義務があります。
安心して気持ちや不安を話せるよう配慮されています。
あなたの不安や思いを丁寧に聞いたうえで、どのように伝えればよいかを一緒に考えてくれます。必要に応じて、角が立たない形で病院側との調整をサポートしてくれることもあります。
相談員は、患者と医療者の間をつなぐ橋渡し役のような存在です。

Q3. 在宅医療をお願いしつつ、病棟の面談も予約する「二段構え」は、図々しいと思われませんか?
A. 図々しいことではありません。
むしろ、終末期において複数の選択肢を確保しておくことは、家族が精神的に追い込まれすぎないための大切な備えの一つです。医療機関にとっても、急な変化が起きた際にあらかじめ受け入れ先が共有されていることは、結果としてスムーズな対応につながる場合があります。遠慮しすぎず、「相談」という形で確認しておくことは、決して間違いではありません。

Q4. 退院を急ぐように言われています。今から相談しても間に合いますか?
A. まずは相談してみることをおすすめします。
退院の調整が急に進むと、不安や焦りを感じます。
そんな時こそ、一人で抱え込まず、相談支援センターや医療ソーシャルワーカーに状況を共有してみてください。場合によっては、次の受け入れ先が整うまでの調整について、一緒に方法を考えてもらえることもあります。
時間がないように感じる時ほど、専門職に相談することが安心につながります。

Q5. 自分たちで在宅医療を探すのは不安です。どうやって選べばよいのでしょうか?
A. ゼロから自力で探す必要はありません。
まずは相談センターで、「この地域でがんに対応している在宅医療クリニックや、24時間往診が可能な医療機関について教えてください」と相談してみてください。その中から、「自宅から無理なく来てもらえる距離か」「医師の考え方や雰囲気に安心できるか」などを目安に絞り込み、センターを通して相談していくと、落ち着いて検討しやすくなります。

本記事は、夫の治療経過の中で「一患者家族として感じた体験」をもとに記しています。症状や対処法、治療の選択については必ず主治医や担当医療スタッフへご相談ください。特定の治療を勧める意図はありません。
患者さんごとに状況は異なります。

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👉 @cansan_bar2

note(有料シリーズ)

👉 第1話 夫が食道がんと告げられて〜ステージ1を信じてしまった私の後悔
👉 第2話 夫の食道がんと向き合って〜「どう生きたいか」を語り合った夜
👉 第3話 夫の治療方針が変わった日〜病院の中で見えた「見えない壁」
👉 第4話  治療中に「妻として聞けなかったこと」とあとで気づいた視点

この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
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