【夫の病気編:第38話】最後の旅行から、緩和ケア病棟へ。激動の48時間、車椅子で遺してくれた夫の愛

夫の病気

旅行中は、最後まで元気に過ごしていた夫。
その笑顔に安心していたのも束の間、帰宅した翌日、あれほど元気だった夫の体調が、一気に崩れました。

あまりにも突然の変化に、私の心は追いつきませんでした。

車椅子で綴られた、最後の手続き

体調が急激に悪化する中でも、夫にはどうしてもやり遂げなければならないことがありました。

それは、残される私が、亡くなったあとの手続きに困らないようにと進めてくれていた、最後の準備でした。

在宅医療でレンタルしたベッドと車椅子の写真

「車椅子は心強い存在でした」

重い体を引きずりながら、私のために動いてくれた夫。
その日は息子も付き添ってくれました。

車椅子に座る夫の姿は、昨日までの旅行の疲れとは明らかに違う、深刻な変化を物語っていました。

それでも夫は、書類を前にペンを握りました。

今から振り返ると、がんが進行したあの体で、どうしてあれほど動けたのか不思議でなりません。

きっと、私への強い想いだけが、あの動かないはずの体を動かし、筆圧のない、けれど必死な文字を書かせたのだと思います。

それは、夫が命を削って遺してくれた、最後で最大の「安心」という名の贈り物でした。

売り場で見せた、一瞬の光

帰り道、すっかり疲れている様子の夫が、「どうしても年末ジャンボを買いたい」と口にしました。

ショッピングモール内の宝くじ売り場で、車椅子の男性が購入し、女性が後ろから付き添っている様子。

いつもの売り場。

そこには、病気のことを忘れてしまいそうな、日常の風景が広がっていました。

窓口で宝くじを受け取った瞬間、夫の頬が少しだけ緩み、柔らかな笑顔がこぼれました。

それは、嵐のような48時間の中で、ふっと差し込んだ一筋の光のような時間。

このあと起こることを、まだ知らないままの、束の間のひとときでした。

宝くじという小さな紙切れに託したのは、お金ではなく、「私と一緒に生きたい」という、夫なりの最期の願いだったのかもしれません。

その一瞬の笑顔を胸に刻み、私たちは一度、住み慣れた自宅へと戻りました。

「もう、楽にして」

自宅に戻り、夕方になった頃。

夫の口から出たのは、「もう病院へ連れて行ってほしい」という言葉でした。

あんなに自宅で過ごすことにこだわっていた夫が、自らそう口にするほどの苦しさ。

自宅の医療用ベッドで横たわる男性を、看護師が診察し、女性がそばで見守っている様子。

「もういいから、早く楽にして」

そう言われたとき、私の心は引き裂かれる思いでした。

まずは訪問看護の方に来ていただき、肺炎ではないことを確認しましたが、容態は刻一刻と悪化していきます。

私は震える手で在宅医療の病院へ連絡し、「明日、緩和ケア病棟へ入院できるように手配をお願いしたい」と伝えました。

夜遅くまで病院と連絡を取り合い、翌朝一番に入院できることを確認するまで、私たちはあまりにも過酷な夜を共に過ごしました。

夫は、息をするのもつらそうでした。

私はそばで、「何かしてほしいことはない?」と声をかけましたが、何もできないまま、眠れずに朝を迎えました。

告げられた現実と、揺れ動く心

翌朝、病院に着くとすぐに検査が始まりました。

長い待ち時間の後、先生から告げられたのは「誤嚥性肺炎」という診断でした。

そして、がんが身体中に広がっているという、あまりにも過酷な現実。

「今回の肺炎の治療に効果がなければ、覚悟をしてほしい」

診察室で医師の説明を受け、女性が涙をこらえている場面。

その言葉に、私はただ泣くことしかできませんでした。

もっと一緒にいたい。でも、これ以上つらい思いをさせるのは嫌だ。

愛しているからこそ、どちらの願いも正しくて、どちらの願いも残酷で。

答えの出ない葛藤を抱えたまま、私たちは緩和ケア病棟での、新しい、そして最後の日々を歩み始めることになったのです。

本記事は、夫の治療経過の中で「一患者家族として感じた体験」をもとに記しています。症状や対処法、治療の選択については必ず主治医や担当医療スタッフへご相談ください。特定の治療を勧める意図はありません。患者さんごとに状況は異なります。

同じ後悔をしないために。私たちの8ヶ月の全記録を公開しています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

旅行の直後に訪れた急激な体調悪化。

そして緩和ケア病棟への入院。

在宅医療の期間は短く終わってしまいましたが、私たちはその時々で、家族として悩み、迷いながらも、最善を信じて決断を重ねてきました。

その8ヶ月の葛藤と、実際に選択してきたことを、ひとつの記録としてnoteにまとめています。

今まさに不安の中にいるご家族が、私たちと同じ後悔をしないための道しるべとなれたなら。

そんな想いで書きました。

(無料noteで公開中)

夫の病気:集大成記事。40年連れ添った夫を見送って ステージ1から始まった8ヶ月の闘病と、私がたどり着いた「納得」という答え|きゃんばぁば
40年連れ添った夫を、2026年1月に見送りました。 今でも思い出すと、胸が締め付けられる出来事がいくつもあります。 けれど、夫が最後に残してくれた「ありがとう」という言葉が、 私の後悔も悲しみも、そっと包み込んでくれました。 だから私は、...

 

 


 

🔗関連リンク
Instagram(乳がん・夫の闘病・日々の想い)

👉 @cansan_bar2

この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
👉 詳しいプロフィールはこちら
タイトルとURLをコピーしました