【夫の病気:第34話】「他の患者が待っている」と告げられた日 。否定された夫の尊厳

夫の病気

「もう治療法がない」という残酷な宣告。
その衝撃を癒やす間もなく、私たちは次の現実に向き合うことになりました。

急激な体調悪化で入院した夫。

点滴でわずかに体力が戻り始めたその矢先、告げられたのは「退院」の話でした。

治療が終わるということは、病院にとっての「患者」ではなくなるということなのでしょうか。

治療の終わりが、人としての尊厳まで奪うものであってはならない。

あの日の絶望と、今も忘れられない一言を綴ります。

回復への願いと「病院の原則」

入院後、点滴によって、わずかに回復の兆しが見えました。

「もう少しここで体力を戻してから、家に帰りたい」

病室のベッドに座り、点滴を受けながら静かに窓を見つめる夫性。その横に寄り添う妻のイラスト

あの日、夫がこぼした小さな願い。

それが、夫の切実な願いでした。

がんセンターは急性期病院です。

急性期病院とは? 病気の発症から回復へ向かうための治療を集中的に行う病院のことです。治療を目的とした入院が最優先されるという原則があります。
参考:急性期病院の特徴について詳しく見る

副作用の吐き気と闘い、精神的にも限界だった夫にとって、病院は唯一の支えでした。

けれど医療の現場には、それぞれの役割があります。その原則の前では「患者の願いが叶わないこともある…」それが、現実でした。

「他の患者が待っている」突き放されたあの日

退院予定の前日、主治医が病室を訪れました。

夫の心に深く残ったのは、こんな一言でした。

「他にも待っている患者さんがいるので、退院をお願いします」

急性期病院の病室で、医師が患者に退院を伝えている場面。

夫は「理解しようとしても、心が追いつかなかった」と言っていました。

次の受け入れ先も、自宅でのケア体制も整っていない中での言葉でした。

主治医にとっては「現状」を伝えただけだったのかもしれません。

けれど、治療の終了を告げられたばかりの夫には、「もうここにいる理由はない」と聞こえてしまったのです。

「他の患者が待っている」と告げられた日

「治療ができない」

それは、「もう何もできない」という意味なのでしょうか。

あの時の私たちには、そう突き放されたように感じられました。

病室で、うつむく夫と、隣で泣きそうな表情の妻が別の方向を向いて座っている場面。

同じ部屋にいるのに、届かない言葉があった。

夫は深い孤独の中で、ぽつりとこう漏らしました。

「もう、用済みなんだな」その言葉を聞いたとき、胸が締めつけられました。

患者が最も支えを必要とするのは、まさに「治療法がない」と告げられた瞬間ではないでしょうか。

なぜ、すれ違うのか?3つの視点から考える

あの時、主治医から放たれた言葉。 その裏側にあるものを、少し冷静になった今、3つの視点から見つめ直してみたいと思います。

医師の立場:急性期病院の「逃れられない現実」

急性期病院の至上命題は「治療によって、助かるはずの命を救い出すこと」にあります。

「ここには、今すぐ治療を始めれば助かる命が、列をなして待っている」

夜の病院の廊下で、カルテを持ち静かに立つ医師

目の前の命と、次に待つ命。

それが、がんセンターのような専門病院が常に突きつけられている現実です。

治療の手立てがなくなった患者さんにベッドを提供し続けることは、救えるはずの「次の命」を危険にさらすことと表裏一体でもあります。

一人の人間に寄り添いたいという感情を押し殺してでも、淡々と退院を促し、ベッドを回転させなければならない。それは、急性期病院という組織が背負った、逃れられない残酷な宿命なのです。

夫(患者本人)の立場:人間ではなく「処理対象」にされた惨めさ

「治療ができなくなったら、僕はもう、用済みなんだろうか」

体はまだここにあり痛みも、死への恐怖も続いている。それなのに、まるで「動かなくなった部品」のように場所を空けることを求められる。

病室で落ち込む夫の姿。

「居場所を失ったような気持ち」だったそうです。

その事実は、夫の自尊心を鋭く削り取っていきました。

一人の「人間」としてではなく効率よく回転させるべき「案件」として扱われる惨めさ。 「まだ生きている。今、苦しんでいるんだ」という叫びがどこにも届かない絶望感。

冷たいシステムの中に放り出された夫の心は、深い孤独とやりきれない憤りに押しつぶされそうになっていました。

家族の立場:心が追いつかなかった、あの日の憤り

「正論なんて、今はどうでもいい。今、目の前でこれほど苦しんでいる夫を、追い出すつもりですか?」

医師の淡々とした説明を前に、私の胸の中に渦巻いたのは、激しい拒絶反応でした。行き場のない不安は、やがて病院への強烈な不信感と、剥き出しの怒りへと変わっていきます。

病院の廊下で立ち尽くす妻。

理解できても、納得できなかった。

そう叫び出したい衝動を、奥歯をかみしめて必死にこらえました。
ただ、弱っている夫を守りたい、その一心でした。

どうにもならない現実の中で、私は一人、立ち尽くしているような気持ちでした。

病院という「システム」と、家族という「愛」。 この埋めようのない視点のズレこそが、終末期医療の現場で多くの患者と家族を苦しめている正体なのかもしれません。

さいごに

私たちが求めていたのは、高度な医療だけではありませんでした。

ほんの少しの歩み寄りと、向き合ってもらえる言葉。

たとえ治療が難しくなったとしても、そこにある「命」の重みが変わるわけではありません。

今もあの日の言葉を思い出すたび、悲しみとやりきれなさがこみ上げてきます。

次回は、そんな絶望の中でどのように退院の日を迎え、次の一歩を踏み出そうとしたのか。

Q&A冷たい言葉に傷ついた時の処方箋

Q1. なぜ医師は患者の気持ちを考えず、あんなに冷酷なことが言えるのですか?
A. 多くの医師は悪意があるわけではありませんが、過酷な現場で「共感疲労」を防ぐために、無意識に心を閉ざしている場合があります。 毎日「死」や「限界」に直面する中で、一人ひとりの絶望に深く感情移入してしまうと、医師自身の心が壊れてしまいます。 そのため、患者を「個人」ではなく「症例」として見ることで、自分を守る心理的な鎧をまとっていることが多いのです。決して許される態度ではありませんが、医師もまた巨大なシステムの中で感情を殺さざるを得ない状況にあります。

 

Q2. 「用済みだ」と落ち込む本人に、家族はどう声をかければいいですか?
A. まずは否定せず、「そう感じてしまうほど辛いよね」と受け止めてあげてください。 その上で、「病院での治療の役割が終わっただけで、あなたの人生や価値が終わったわけではない」と伝えることが大切です。 「家に帰れば、病院のルールに縛られず、あなたらしく過ごせる時間が増えるよ」と、場所が変わることのポジティブな側面に少しずつ目を向けていけると良いでしょう。

 

Q3. 医師への怒りや、何も言い返せなかった無力感が消えません。
A. その怒りは、大切な人を守ろうとする愛情の裏返しであり、もっともな感情です。 無理に抑え込む必要はありません。 ただ、直接医師にぶつけても解決しないことが多いのが現実です。 おすすめなのは、看護師や「がん相談支援センター」など、第三者にその気持ちを吐き出すことです。 彼らは患者と医師の橋渡し役であり、あなたの感情を整理し、適切な形で病院側に伝える手助けをしてくれます。

 

Q4. 次の病院が決まっていないのに「退院」と言われて不安です。
A. 不安になるのは当然ですが、一人で抱え込まずに「退院調整看護師」や「医療ソーシャルワーカー(MSW)」を頼ってください。 彼らは「治療」ではなく「生活の場」を探すプロフェッショナルです。 医師とは役割が違うため、そちらに相談の軸足を移すことで、転院先や在宅医療の手配など、具体的な道筋が見えてくることがよくあります。

 

Q5. 冷たい対応をされた医師と、その後どう接すればいいですか?
A. 辛いですが、「心のケア」はその医師には期待せず、「高度な医療技術の提供者」として割り切るのが、自分たちの心を守るコツです。 「この先生には感情をわかってもらえなくていい。必要な処置さえしてもらえればいい」と期待値を下げることで、傷つくことを防げます。 心の支えは、看護師や緩和ケアチーム、家族など、別の場所に求めましょう。

本記事は、夫の治療経過の中で「一患者家族として感じた体験」をもとに記しています。症状や対処法、治療の選択については必ず主治医や担当医療スタッフへご相談ください。特定の治療を勧める意図はありません。
患者さんごとに状況は異なります。

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👉 @cansan_bar2

note(有料シリーズ)

👉 第1話 夫が食道がんと告げられて〜ステージ1を信じてしまった私の後悔
👉 第2話 夫の食道がんと向き合って〜「どう生きたいか」を語り合った夜
👉 第3話 夫の治療方針が変わった日〜病院の中で見えた「見えない壁」
👉 第4話  治療中に「妻として聞けなかったこと」とあとで気づいた視点

この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
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