【夫の病気:第33話】自宅での葛藤、限界を超えた体と「病院に行きたくない」夫

夫の病気

診察室を出たあとの廊下は、いつもより長く、ひんやりとして見えました。 主治医から告げられた「緩和ケア」という言葉。

それは、これまで私たちが「治療」という名のわずかな希望にすがって歩んできた道の、終着点を突きつけられた瞬間でした。

あの日、病院から帰宅した私たちの間に流れていた空気。 そして、目に見える速さで崩れていく夫の体。

「絶望」という深い影が、夫の心だけでなく体までも変えていく。

そんな姿をそばで見守り続けるのは、言いようのないほど恐ろしいことでした。今でも心に深く残っている、あの切ない日の記録です。

背中が、昨日の半分くらいに縮んで見えた

会計を待つ間も、車へ向かう足取りも、夫は一言も発しません。

前を歩く夫の背中が、昨日の半分くらいに縮んでしまったかのように小さく、頼りなく見えました。

声をかけようとしても、何を言っても今の夫を傷つけてしまうような気がして、私はただ、その小さくなった背中を追いかけることしかできませんでした。

夕暮れの駐車場で、小さくなった夫の背中を追いかける妻のイラスト

私な何も言えず、ただ夫の後を歩いていました。

「帰ろうか」

ようやく絞り出した夫の声は、かすれて消えてしまいそうでした。

「痛みを消すため」の薬が、夫を追い詰めていく

ようやく自宅に帰り着いたものの、そこにはさらなる試練が待っていました。

主治医から処方された麻薬系鎮痛剤。 痛みを和らげるための「命綱」のはずのその薬が、夫の心と体をじわじわと追い詰めていったのです。

吐き気に耐える夫と、震える手で薬を差し出す妻のイラスト

ただ、楽になってほしかった。

服用してしばらくすると、夫を激しい吐き気が襲いました。

一口の水を飲むことさえままならず、何度も、何度も込み上げる吐き気に耐える夫。

「痛みを止めるためだから…」そう自分に言い聞かせて、苦しそうな表情を浮かべる夫に薬を渡しました。けれど、私の手は怖さと悲しさで、震えが止まりませんでした。

痛みが取れれば、少しは楽になるはず。少しは笑ってくれるはず。

そう信じて、なかば祈るような気持ちで勧める薬が、逆に夫から生きる気力を奪っていくのです。

「もう、飲みたくない」届かない願いと眠れぬ夜

「もう、飲みたくない……」

弱々しく、けれどどうしても受け入れられない、という顔で夫が呟いたとき、私の胸は張り裂けそうでした。

楽になってほしくて手渡すものが、大好きな人を苦しめてしまう。私はいったい、どうすればよかったのでしょうか。

その残酷なジレンマの中で、私は自分の無力さに打ちひしがれるしかありませんでした。

「良くなってほしい」という私の願いは、もしかしたら夫にとって、もう重荷でしかないのだろうか。

眠れねいよるを過ごす夫婦のイラスト

「これからどうなっていくんだろう」不安でいっぱいでした。

静まり返った寝室で、眠れぬ夜を過ごしながら、私は答えの出ない問いを何度も自分に投げかけていました。

「土日だから我慢する」夫の頑固なまでの拒絶

昨日までの「苦しい」とは、明らかに何かが違う。夫の体の中で、取り返しのつかない何かが起きている。

いつもなら薬で落ち着く吐き気が、その日は止まりませんでした。
水も受け付けず、声をかけても反応が乏しい。
視線は定まらず、明らかにいつもと違っていました。

「お願い、今すぐがんセンターへ行こう」

私の必死の訴えに、夫は力なく、けれど頑なに首を横に振り続けました。

病院へ電話をかける妻、嫌がる夫のイラスト

必死の説得も虚しく、夫はただ首を振るだけでした。

土日の救急外来に行っても、当直の先生では適切な処置は望めない。

それよりも、せっかく帰ってきたこの家から、二度と出られなくなるのが怖かったのかもしれません。

「月曜日まで待つ。土日は、ここで我慢する」

それは夫が最後に振り絞った、男としての、そして患者としての「プライド」のようにも見えました。私はその震える声に従うしかありませんでした。

救急車を呼ばなかった、夫婦の沈黙

一分一秒を争うほど、夫の容態は刻々と悪化していました。

無理やり救急車を呼ぶことが正解なのか。それとも、本人の意思を尊重してここに留まることが愛なのか。

寝室で夫を看病する妻のイラスト

大丈夫かな…

薬を拒む夫を前に、私にできることはもう、何もありませんでした。 私はただ、吐き気で苦しむ夫の背中を、夜通しさすり続けました…。

限界の月曜日、そして即日入院へ

ようやく訪れた月曜日の朝。 そこにいたのは、わずか二日間で別人のように痩せ細り、肌が土色に沈んだ夫の姿でした。

這うようにして車に乗り込み、がんセンターへと向かった夫。 私は、いつ「入院」と言われてもいいように、自宅で入院準備をして連絡を待つことにしました。

車に乗りむ夫と心配そうに見つめる妻のイラスト

「気をつけてね…」そう声をかけるのが精一杯でした。

ガランとした家の中で、夫が先ほどまで横たわっていたソファを見つめながら、必死に荷物をまとめます。 「なんとか月曜日まで持ちこたえてくれた」という小さな安堵。 けれど、診察を終えた夫から届いたのは、やはり帰宅の許されない「即日入院」の知らせでした。

異様なほど静かなリビング。 二度と、あの穏やかな日常には戻れないかもしれない。

底なしの絶望のなか、私は夫の着替えをカバンに詰め込みました。一人で病院へ向かった夫。どうか無事でいてほしい。ただそれだけを、何度も何度も心の中で繰り返していました。

本記事は、夫の治療経過の中で「一患者家族として感じた体験」をもとに記しています。症状や対処法、治療の選択については必ず主治医や担当医療スタッフへご相談ください。特定の治療を勧める意図はありません。
患者さんごとに状況は異なります。

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👉 @cansan_bar2

note(有料シリーズ)

👉 第1話 夫が食道がんと告げられて〜ステージ1を信じてしまった私の後悔
👉 第2話 夫の食道がんと向き合って〜「どう生きたいか」を語り合った夜
👉 第3話 夫の治療方針が変わった日〜病院の中で見えた「見えない壁」
👉 第4話  治療中に「妻として聞けなかったこと」とあとで気づいた視点

この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。

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