診察室を出たあとの廊下は、いつもより長く、ひんやりとして見えました。 主治医から告げられた「緩和ケア」という言葉。
それは、これまで私たちが「治療」という名のわずかな希望にすがって歩んできた道の、終着点を突きつけられた瞬間でした。
あの日、病院から帰宅した私たちの間に流れていた空気。 そして、目に見える速さで崩れていく夫の体。
「絶望」という深い影が、夫の心だけでなく体までも変えていく。
そんな姿をそばで見守り続けるのは、言いようのないほど恐ろしいことでした。今でも心に深く残っている、あの切ない日の記録です。
背中が、昨日の半分くらいに縮んで見えた
会計を待つ間も、車へ向かう足取りも、夫は一言も発しません。
前を歩く夫の背中が、昨日の半分くらいに縮んでしまったかのように小さく、頼りなく見えました。
声をかけようとしても、何を言っても今の夫を傷つけてしまうような気がして、私はただ、その小さくなった背中を追いかけることしかできませんでした。

私な何も言えず、ただ夫の後を歩いていました。
「帰ろうか」
ようやく絞り出した夫の声は、かすれて消えてしまいそうでした。
「痛みを消すため」の薬が、夫を追い詰めていく
ようやく自宅に帰り着いたものの、そこにはさらなる試練が待っていました。
主治医から処方された麻薬系鎮痛剤。 痛みを和らげるための「命綱」のはずのその薬が、夫の心と体をじわじわと追い詰めていったのです。

ただ、楽になってほしかった。
服用してしばらくすると、夫を激しい吐き気が襲いました。
一口の水を飲むことさえままならず、何度も、何度も込み上げる吐き気に耐える夫。
「痛みを止めるためだから…」そう自分に言い聞かせて、苦しそうな表情を浮かべる夫に薬を渡しました。けれど、私の手は怖さと悲しさで、震えが止まりませんでした。
痛みが取れれば、少しは楽になるはず。少しは笑ってくれるはず。
そう信じて、なかば祈るような気持ちで勧める薬が、逆に夫から生きる気力を奪っていくのです。
「もう、飲みたくない」届かない願いと眠れぬ夜
「もう、飲みたくない……」
弱々しく、けれどどうしても受け入れられない、という顔で夫が呟いたとき、私の胸は張り裂けそうでした。
楽になってほしくて手渡すものが、大好きな人を苦しめてしまう。私はいったい、どうすればよかったのでしょうか。
その残酷なジレンマの中で、私は自分の無力さに打ちひしがれるしかありませんでした。
「良くなってほしい」という私の願いは、もしかしたら夫にとって、もう重荷でしかないのだろうか。

「これからどうなっていくんだろう」不安でいっぱいでした。
静まり返った寝室で、眠れぬ夜を過ごしながら、私は答えの出ない問いを何度も自分に投げかけていました。
「土日だから我慢する」夫の頑固なまでの拒絶
昨日までの「苦しい」とは、明らかに何かが違う。夫の体の中で、取り返しのつかない何かが起きている。
いつもなら薬で落ち着く吐き気が、その日は止まりませんでした。
水も受け付けず、声をかけても反応が乏しい。
視線は定まらず、明らかにいつもと違っていました。
「お願い、今すぐがんセンターへ行こう」
私の必死の訴えに、夫は力なく、けれど頑なに首を横に振り続けました。

必死の説得も虚しく、夫はただ首を振るだけでした。
土日の救急外来に行っても、当直の先生では適切な処置は望めない。
それよりも、せっかく帰ってきたこの家から、二度と出られなくなるのが怖かったのかもしれません。
「月曜日まで待つ。土日は、ここで我慢する」
それは夫が最後に振り絞った、男としての、そして患者としての「プライド」のようにも見えました。私はその震える声に従うしかありませんでした。
救急車を呼ばなかった、夫婦の沈黙
一分一秒を争うほど、夫の容態は刻々と悪化していました。
無理やり救急車を呼ぶことが正解なのか。それとも、本人の意思を尊重してここに留まることが愛なのか。

大丈夫かな…
薬を拒む夫を前に、私にできることはもう、何もありませんでした。 私はただ、吐き気で苦しむ夫の背中を、夜通しさすり続けました…。
限界の月曜日、そして即日入院へ
ようやく訪れた月曜日の朝。 そこにいたのは、わずか二日間で別人のように痩せ細り、肌が土色に沈んだ夫の姿でした。
這うようにして車に乗り込み、がんセンターへと向かった夫。 私は、いつ「入院」と言われてもいいように、自宅で入院準備をして連絡を待つことにしました。

「気をつけてね…」そう声をかけるのが精一杯でした。
ガランとした家の中で、夫が先ほどまで横たわっていたソファを見つめながら、必死に荷物をまとめます。 「なんとか月曜日まで持ちこたえてくれた」という小さな安堵。 けれど、診察を終えた夫から届いたのは、やはり帰宅の許されない「即日入院」の知らせでした。
異様なほど静かなリビング。 二度と、あの穏やかな日常には戻れないかもしれない。
底なしの絶望のなか、私は夫の着替えをカバンに詰め込みました。一人で病院へ向かった夫。どうか無事でいてほしい。ただそれだけを、何度も何度も心の中で繰り返していました。
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note(有料シリーズ)
👉 第1話 夫が食道がんと告げられて〜ステージ1を信じてしまった私の後悔
👉 第2話 夫の食道がんと向き合って〜「どう生きたいか」を語り合った夜
👉 第3話 夫の治療方針が変わった日〜病院の中で見えた「見えない壁」
👉 第4話 治療中に「妻として聞けなかったこと」とあとで気づいた視点
この記事を書いた人
きゃんばぁば|乳がんサバイバー/家族の闘病サポーター
乳がんを経験し根治。妹の膵がん、夫の食道がんを家族として支えた実体験をもとに、「患者と家族、両方の視点」で発信しています。
